第38話 不満爆発のラプソディ

 音揃コトハ。彼女もまた、2030年の謎の隕石騒動により能力に目覚めた。それまではごく普通の少女であった。それも難病に悩む弟を支える、優しい少女であった。


「……はーい、これできっと大丈夫! 歌は皆を元気にする、だからトワも元気になるからね!」


「うん! ありがとうお姉ちゃん……!」


 代われるなら、代わってあげたい……そんな言葉を吐くつもりはない。コトハは純粋、繕いだけの優しさや善意を向けることなどしないと決めている。本気で歌や言葉には"力"があるのだと考えていて、だからこそ自分に唯一できる「力を与える」ことに対しては全力を尽くしていた。


 コトハがそう考えていたのには理由がある。特別なものではないのだが、部活に勉強、人間関係……何かに悩むとき、いつも好きなアーティストの言葉に背中を押されていたのだ。


 だがその考えが変わる瞬間があった。それは急激な弟の病状悪化、医者から告げられた言葉はとても残酷なものであった。


「トワくんは……もってあと、半年でしょう」


「…………!」


 言葉が出ない。あれだけ力を持っていると思っていた「言葉」。それは弟を死神から守ることはできなかったのだ。


「なんで……優しくて真面目なトワがなんで…………おかしいよ!」


 コトハは絶望の淵に叩き落とされた。言葉はあくまでも背中を押すだけ……決して人智を超えることはできない。

 なんとなく分かってはいた。コトダマとやらで全てが解決するなら、この世はこんなに暗くない。だけども優しく純粋なコトハは、自分の力不足を責め始めた。


「私が……私が! 本当に人の痛みや苦しみを代わって受けることができるなら……トワが空の上に行かないで済んだのに…………私は、私は……!」


 願いが届くはずもない、と思っていた。だけどもあの隕石の影響で、自分もあわよくばトワに会いにいけるなら……隕石落下の翌日、コトハが目覚めたのは雲の……ようにふかふかなベッドの上だった。


「……あれ、隕石は……?」


 ニュースを見ようとくたくたになった枕に手を乗せて起き上がった途端、買ったばかりのコトハのパジャマの袖がヨレヨレになって崩れ落ちる。


「……え、ええええええええ!? なにこれ不良品!? でもこんな不自然に、って枕ふわふわなんだけど!?」


 なんだこれは、夢なのか? そう思いあわててSNSを開くと、トレンド欄には「異世界転生」という言葉があった。


「……え、私異世界に来たってやつ? 本当にあるの、でもそんなの…………」


 半信半疑でそのワードを検索してみると、真偽不明だが魔法に目覚めた、という投稿が多くあった。物を宙に浮かせられたり、指パッチンで火の粉を撒き散らせたり、それは様々だが……再びヨレヨレになった袖を見る。


「……まさか、だよね」


 コトハは馬鹿馬鹿しいと思いながらも、ヨレヨレになったパジャマにティッシュを2,3枚取って触れさせてみる。すると今度はパジャマが元通りになり、ティッシュが洗濯機で回してしまったかのようにぐちゃぐちゃになったのだ。


「…………本当じゃん」


 その朝コトハは目覚めたのだ。物のダメージを他のものに移動させる力に。いろいろ試した結果、他人の傷を自分にダメージとして肩代わりすることもできたのだ。この力が弟が亡くなる前にあったなら……そう思いながらもコトハは、今日まで能力者として生きてきた。

 これ以上、大事な仲間が痛みで苦しむのを見たくないから。だけども逆に言えば……


「音揃。やれ」


「……分かってるよ。言われなくてもッ!」


 敵に、それを押し付けることができるのだ。それが皮肉なことなのかは、分からない。


「リュウゴくんに会いたいなら……まず彼の受けた痛みに耐えなさいッ!」


 その腕はジュンラに向けて振り下ろされた。一番ガタイがいいし、滲み出るオーラからして明らかにリーダー格。だがジュンラも当然黙ってそれを受けるワケがない。ジュンラの恐るべき能力、それがコトハにも襲いかかる。


「……発動! お前の体内の鉄分よ、あのサングラスに向けて移動しろォォォォ!」


「……へっ!?」


 まるで強力な磁力に引っ張られるように、コトハはものすごい速さでユキハル、ミミックの方へ飛び掛かる。その腕に触れてしまうのはどちらのなのだろうか。


「え、どっちのサングラ……って! あ、雨倉さん! 危ないッ――」


「チッ……やむを得ずッ!」


 ユキハルは舌打ちを打ちながらサングラスを取り、ミミックの背後にほいっと放り投げる。となれば的となるのは当然、ミミックの方だ。


「……ジュ、ジュンラ様ァァァ!」


「ダメージ・ラプロディ! 溜めに溜めた痛みを、ここでッ!」


 リュウゴから吸収したダメージ、そしてその前から魔物や能力者との戦いで少しずつ蓄積してきたダメージを放出する時が来た。塵も積もれば山となる、それぞれが小さな負傷であっても、その総量となれば莫大な威力へと変化する。

 水道から漏れ続ける水滴がやがて水槽の中をいっぱいに埋め尽くすように、この瞬間の破壊力はもはやユキハルの弩滝どろうを凌駕していた。


「ぐ、ぐああああああああああ!」


 ミミックはフェンスにものすごい勢いで叩きつけられ、そのまま気を失い倒れてしまった。エネルギーを放出しきったコトハは、一旦ジュンラとクスホから距離を置きつつもユキハルに話しかける。


「ふぅ……次はあの2人かぁ。米川さん……どっちを相手する? 私は残った方と戦う!」


「……駄目だ」


「……え?」


「音揃に今できることはただ1つ。すぐにギルドに逃げ込み門別さんを呼んでくるのだ! 今ヤツの能力を受けてどう思った? 今のでボクも確信した、あの男の実力は皮肉にも天才的なものだッ!」


「私だって戦えるよ! ならこの砂漠に住んでるみたいな格好の男から一旦ダメージを吸収してあの男に!」


「命令を聞くのだ音揃ッ! この砂漠みたいな男の能力は地面に蟻地獄を強制的に作ることッ! 飲み込まれれば行く先はこのアスファルトの深淵、いやあの世に決まっている! ボクが時間を稼ぐうちに応援を――」


「ゴチャゴチャうるせぇぞガキンチョ2人がァッ! やられるか、我々の言う通りにするかの2択から選べひよっ子共ォォ! さもなくば遠慮なくその命を――」


 やられたミミックのもとへ駆けつける素振りなど一切見せず、それどころかジュンラは大声で2人をまくし立てる。だがそんなやりとりをギルドの目の前で行い、その異変に誰も気づかぬはずもなく……


「雨倉……じゃなくてサングラスさん。うるせぇけどどうしましたかぁ? 抗争?」


「米川、なぜ出てきたのだッ! そしてその腑抜けた態度をすぐに改め――」


「ほう……米川。米川リュウゴ…………待ちくたびれたぞ、この数十分間でッ!」


 ジュンラは思わず笑みを浮かべた。獲物が自らのうのうと出てきてくれたのだから。目的をすぐに、達成できそうだから。

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