第39話 緊張……狩られる

「米川! 安静にしておけと言ったはずだろうッ! 話が通じないのかお前は!」


「いーや、寝てられねぇだろ、こんなにうるさくて……それに! そいつらは元からオレの獲物なんだよ、山賊団ナイトなんちゃら……本物なんだろ?」


 リュウゴは早速軽くストレッチをし、ジュンラを睨みつける。リーダーは誰なのか、そんなことは考えるまでもなく分かる。


 一方、挑発を受けたジュンラは怒るどころかむしろ嬉しそうな表情を浮かべる。狙っていた獲物が現れてくれた、しかも戦う気がマンマンとくれば……選ぶ答えは1つのみだ。


「米川リュウゴ……フン、実物は思ってたよりショボそうじゃないか。これじゃあ一発で終わってしまいそうだ、悲しきかな」


「なら試してみようぜ? どちらが……一発でKOされるのかなァッ!」


 リュウゴは先制攻撃をしかけようと駆け出す。枕元に現れたあの幽霊、ナグモイトハラの助言を早速試したかったのだ。


(希望は爆発、そして感情も爆発……鼓動爆燃という技はオーディエンスが少なくとも、自分の心に灯った炎で火力を出せる……ならばやるしかねぇだろうが! ただ……)


「なにをやってる米川! 配信を始めろ、カメラはボクが担当する!」


「いいや、直接拳を入れなきゃいけねぇんだよ! こんなクソ野郎共にはなァ! つーか、『火球に殴らせる』程度じゃ収まらねぇッ!」


 ユキハルの、リュウゴを咎める言葉は一切通じない。リュウゴには信念がある。人の大事な物を暴力で奪い、私腹を肥やして生きていく……そんな人は絶対に許せない。かつての父親がそうだったから、なんなら目の前に父親が現れたら絶対にぶん殴ってやる……そう思っている。


(親父はクソ野郎だった……自分の夢ばかり無謀に追いかける、酒、ギャンブルにタバコ、オレや母さんに拳を振るうの5択しか頭の中に無かった……こいつも力で人から大切なものを奪うッ! 許さねえよ、地獄の業火で罪を清算すべきなんだ!)


 リュウゴの拳に、何やら焦げた炎がヂリヂリと付着し始めた。骨を焼いた後のような黒い跡が、どんどん腕全体に付着していく。


煉闘破火れんとうはっかとでも名付けてやる! 噴射だあァァ!」


 だが、その技はビッグな存在になることを志すにはやや見劣りしてしまい、正義のヒーローが使うにはあまりにも邪悪なオーラを漂わせる技であった。

 自信を爆発させろ……ナグモイトハラからの助言で最も大切と言っていい部分を忘れ、もはや邪心に染まってしまったその腕は、明らかに殺意を持ってジュンラに振り下ろされる。


「よ、米川! なんだその技は、未完成にも程がある!」


 ユキハルの注意……そんなもの、届いているはずもなく。 


「くらいやがれ強盗野郎! 怒りの劫火を思う存分になああああああ!」


「……フン、所詮はインフルエンサーのお遊びよッ!」


「ッ!? なんだッ……!?」


 爆熱をまとった腕。それはいともたやすくジュンラの左腕に受け止められ、その拳に5本の爪がギシギシと突き刺さる。


「グ、ガアアアアアアアアアッ! 砕ける、骨が……!」


「あああああああ、これだ! この苦悶の表情こそ我らにとって最高のエサよ……おいクスホッ! こいつから金目の物をありったけ奪い取るのだッ!」


「……ハ、ハイ!」


 クスホは命令通り、さっそくリュウゴの懐を物色する。サイフ、スマホ、バッテリー……ズボンのポケットにギチギチに詰められたものを全て奪い取っていく。


「おい、キツネ野郎! 何してんだゴラ、その気になりゃオレは脚からだって炎を――」


「うるせぇぞ、ガキンチョッ!」


「グゥッ……!?」


 容赦なくジュンラはリュウゴのみぞおちに膝蹴りを入れる。うずくまるリュウゴ、もはや無防備の塊である。


「米川ッ!」


「リュウゴくん……!」


 心配するユキハルとコトハ、だが少し動くだけでクスホがそちらを睨みつける。何か手出しをすればコピーして跳ね返すぞ、まさしくその合図だ。

 

 こうなれば2人とも下手に動くことができない。弱い攻撃では当然リュウゴを助けることは不可能、だが必殺技など繰り出そうものならクスホと同じ威力で撃ち合いになるだけである。それに横に立つはかなりの実力者ジュンラ、それはユキハルですら勝てないと感じるほど。

 

 どうすれば勝てるのか……このまま蹂躙されるリュウゴを眺めておけとでも言うのか。再び仲間があの世に言うのを見届けろとでも言うのだろうか。唇を噛み締める2人、だがその刹那、一筋の光がユキハルの頭を駆け抜ける。


(あの女がコピーできるのは、あくまでも魔法……?)


 確証はない。ただの勘でしかない。だが魔法がだめなら物理で、それは昔から今に至るまでゲームにおいてもそうである。押してだめなら引く、AがだめならBで……試すしか無い、ユキハルは足元に落ちていたペットボトルを拾い、クスホにその標準を定める。


(あくまでもこれは目眩まし……だが1秒でもスキが生まれれば、そこから解決の糸口はきっと開く! やるしかない、ボクは……未確認アビリティズ乙班の副班長に任命されたんだッ! あの方ならここで決めていたッ! ならばボクもやるのみだろうがァッ!)


 ユキハルはペットボトルの蓋を開け、口元にその飲み口を近づける。決して喉を潤すのではない。クスホの警戒モードが解けた瞬間、これをクスホに投げつけるつもりだ。


(早くこっちを見るのをやめるのだ、こいつめ……! どこの馬の骨が飲んでたヤツか分からねぇんだぞ、流石に実際に飲むのはゴメンだからな……!)


(このサングラス男……なぜペットボトルを開けたままこちらをジロジロと見てくる? しかもそれはさっき奇襲を仕掛けてきた能力者のモノ……まさか私に中身をぶっかけてくるの? なら目を離すワケにはいかないわね……)


 ユキハルとクスホの喉を、同時に固唾が通り過ぎる。リュウゴがジュンラに一方的にやられ、コトハは下手に動けず待機することしかできない。もどかしさと緊張感が張り詰めるこの現場、だが均衡は突如破れた。


 後ろのドアが再び、音を立てながら開き始めたのだ。

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