第40話 鬱屈な戯れ

「うるさいわね……一体何の騒ぎ?」


 ドアを開けたのは漆黒のドレスに身を包み、右足にリストバンド、そして首にはアンティーク調のネックレスを身に着けた女……サエナがその眼光をこちらへと突き刺すように立っていた。


「も、門別さん!? ももも、申し訳ございません! 彼ら3人は山賊を名乗る強盗……ですが、能力の方もかなり手強くて――」


「いいわ、雨倉……だいたい分かった。ちょっと離れていなさい。そこのバカを連れてね」


「承知しました! おい米川に音揃、危ないからこっちに……!」


「ぐっ……悔しいがリーダーさんの登場ってか。ざまあ見ろ山賊共! 地獄はここからだぜ……」


 ユキハルに連れられリュウゴとコトハはから距離を取る。その実力は大国の軍隊に匹敵する、サエナの裁きが始まるのだ。


「フン……こいつらは我からすればザコそのもの! それを束ねる輩の力などたかが知れているッ! さぁ撃ってみろ、まずは受けとめてやろうじゃねえか、ほらよ」


 ジュンラは大の字を描くようにその場に立ってみせる。ジュンラ、クスホはサエナのことなど全く存じ上げていない。もし強力な技が放たれようものなら、クスホの能力で相打ちにすればいい。

 

 ジュンラは楽観的な男である。大抵の能力者や魔物を一方的に蹂躙できる実力を持つゆえ、恐れという感情を受動する経験が滅多にない。金属を内包する物体であればいかなる力を無視してその動きを操れる。

 それがミミックやクスホを引っ張ってきた何よりの原動力であるし、これからもその力で弱き者から搾取して生きていく……そう思い描いているのだ。


(あの男と女……見たところ、雨倉でさえ苦労してしまうなんて……の実力はありそうね。でも……まずはお試しから)


 サエナはネックレスに額を当てながら、すぅっと息を吸い込む。そしてジュンラをキリッと睨みつけると、両手で巨大な弓を引くような仕草を見せる。


「……へこたれない、そう決めたはずなのに。忘れまい、繰り返すまいと志す度に、あの光景を思い出してしまうなんて。世界は残酷ね」


「おい女! 何をグズグズとしている、ブツブツと呟いているッ! さっさとやれよ、お強いんだろテメェはよォ〜!?」 


「……間違いなく貴方よりは強いでしょうね。だけど……万が一のことだってあるかもしれない。だから、今から答え合わせ。響け、凱歌ズィーク


「てめぇ、何をぐずぐずとほざいてやが――」


 サエナが引手で指を鳴らした瞬間、見えない何かが風を切りジュンラに突き刺さった。その瞬間、時間に表してわずか0.08秒。視認不可能、ほぼ同時に放たれた矢はもはや弾丸を通り越し、一体何へと昇華したのだろう。

 ジュンラは患部を押さえながらも何とか倒れまいと力を振り絞る。


「……なによ、つまんないわね」


「ぐがっ……! がぁっ……我が狩られるなど……あってはならないこと……なのだ! 今度は……我のターン……!」


 ジュンラは懐に隠していた鉄球を取り出し、ガッシリと握ってサエナに見せつける。中指と人差し指、ボールを挟んでその真ん中に親指を置いて薬指を斜めから添える、単純かつ王道、ファストボールの握り方である。


「へっへっへ……我を甘く見てしまったならばもう終わりッ! お陀仏する前に言い残したいことはあるか?」


「……野球。そういや、小さい頃に親に連れられて見に行ったわね……その握り、ストレートでしょう?」


「その通りッ! 100マイルの冷徹さを、好きなだけ味わいやがれェェッ………!」


 ジュンラはなんとか力を絞り出し、サエナに向かって鉄球を投げる。サエナはその球をじっと見て、一瞬ため息をつく。


(この女……やはり諦めたのか? いくら能力者だろうと鉄球の豪速球には敵わんだろうよ! それに我の能力は!)


 サエナと鉄球の距離、残り1メートル。ようやくサエナは動くが、鉄球もそれに合わせ、まるで磁力に引き寄せられたかのようにサエナを追尾する。


「門別さん! 鉄の操作です、ベクトル的なッ!」


 ユキハルの必死の叫び、それがサエナに届く前に彼女はもう動き始めていた。強烈な弓矢、それはボールを弾き落として再びジュンラを狩猟する。


「……がっ…………ぐはぁっ……!」


 理解不能な現象、圧倒的な力を上回る、さらに圧倒的な力との相対。部下のクスホはおじけるどころか、むしろそれに立ち向かう選択をした。


「ジュ、ジュンラ様ァァァァ! 許さない……許さないぞこのクソ女! ジュンラ様を痛めつけたその因果を、その因果を……! ありのままに、受けなさ――」


「見えていた、この未来ッ! だから貴方にも既に……」


「…………えっ」


 クスホは技をコピーしてサエナにやり返す前に、既に矢に射られていた。それに気付かぬほど、その矢は俊敏であった。


「そん……な…………ジュ……ラ…………様ァ………………」


 クスホは最後の力を振り絞りその名前を口にしたまま、眠るように倒れて動かなくなった。騒がしい都会から少しはずれた、静かな住宅街に3人の野盗が横たわる。


「……門別さん、こいつらは――」


「雨倉。問題ないわ。ちょっと気絶させただけよ……そいつら、最近世間を騒がせている盗賊達でしょう? あとは警察にでも任せておきなさい」


「しょ、承知しました!」


 再びギルドに戻るサエナに言われるがまま、ユキハルは警察を呼び3人の身柄を引き渡そうと試みる。だがユキハルもサエナも、まだ気付いていない。ジュンラはとんでもない化け物を隠し持っていることに。猫はおろか虎、いや動物園まるごとを捕食することすら厭わない、の権化がいることに。


 本当のボスは、もはやジュンラではないというのに。

 

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