第37話 アリジゴクとキツネ
「……ここ、だろうな。あの米川リュウゴとやらが潜んでいるのは」
ジュンラ達はあっさりと未確認アビリティズのアジトを見つけてしまった。都会の住宅街に不自然に佇む巨大なアジト、それはまるで田舎のど真ん中にタワマンが建っているかのような違和感をこれでもかと刺激してくる。もはやミミックの分析力など関係ない。
「……どういたします、ジュンラ様? 派手に……ぶっ壊しちゃいますか?」
「異論。ここはセールスマンのフリでもして誰かを表に出させ、そいつを人質に取るべきかと。どんな防衛システムが備わっているか分かりません、ましてやギルドマスターがあの為成エイトなだけに……」
部下2人がジュンラに提案するものの、どちらの意見も採用するに足らなかったらしい。ジュンラは脇に抱えていた上着をドスンを落とすと、大声でメンバーを罵倒し始めた。
「……フンッ! 臆病者ども、早く出てきやがれ! わざわざ獲物がノコノコと出てきてやったのだ、鷹が胸肉持って遊びに来たんだぞ、お前らギルド所属のヒーローちゃん大好きな"獲物"じゃないのかァ!」
「……失礼ですがジュンラ様、それを言うなら『カモがネギを背負って来る』では……?」
「うるさいぞキツネ仮面女ァッ! どうでもいいのだそんなこと、結末は我々の勝利、ギルドの壊滅ッ! 結果が全てなのだ大人になりゃあッ!」
「ヒ、ヒィッ……! 申し訳ございませんジュンラ様ァ!」
「フンッ……だがよろしいぞ? ほら……今の大声で出てきたぞ、人質になりそうな野郎がな」
無駄に豪華な扉を面倒くさそうに開けて出てきたのは雨倉ユキハル、サングラスの奥の眼は鋭かった。
「オレ……ゲフンゲフン、私達に何かご用か? 申し訳ないが、セールスの類は全て断っている」
「失敬……我々、米川リュウゴという男に用がありまして。出してもらえませんか、彼。いるんでしょう、ここに?」
「……何者だ? それを名乗らぬ奴らに従う筋はないだろう。早く帰りたまえ、こちらも裏庭の清掃で忙しいのだ」
「裏庭だと? 玄関から出ていておいて……我々のことを知らぬ輩がまだいたとは悲しいものだ。いや、もしや恐怖ゆえの嘘吐きか?」
「……何?」
ユキハルは察した。先程まで感じていた嫌な予感、その正体はこいつらであると。そしてリーダー格のガラの悪そうな男、こいつにかなうなんて到底思えない。
だが弱気を見せればきっと命を落とすことになる。まるで野生動物が互いに威嚇し合うかのように、またユキハルも声色を強めて会話を進める。
「……タダモノじゃないな? アンタ。他のギルドに情報を共有せねばならぬほどだろう。名乗れ、オレの勘違いで物事を進めることはできない」
「山賊団ナイトホーク。やれ、ミミック・オチーロッ!」
「承知……アリ・ヴェテールチッ!」
「……ぬっ!」
ミミックが叫んだ瞬間、サアアアアアと砂が流れ落ちるような音がすぐ近くから聞こえる。ユキハルは足元を見るより早く口と手が動いていた。戦場で油断することは重罪に等しいからだ。
「おらあああああああああッ!」
(通るべく雨はな降りそ
崩れ行く砂はたちまちユキハルの水により固まり、動くのをやめた。不安定な足元に一瞬よろめきながらも、ユキハルは勢いをつけてフェンスを飛び越え、ミミックの上を取る。
「残念だったな、ターバン野郎。アリジゴクが大雨に、勝てるワケがなかろう?」
「……!?」
「分かってるんだろう? 雨降って地固まるとはこういうことなのだ、
まるで槍のような勢いで、超・局地的な豪雨がミミックに襲いかかる。それはそれはブロック塀を貫通するほどに凶暴な雨で、流石のミミックも防御に徹せずにはいられない。
「まるで砂漠に照りつける、日差しのように容赦のない雨……! ただの先鋒がこれほどの力を持っていたなんてッ――」
「何をブツブツとほざいている? 最後までやりきれよ、売ってきた喧嘩くらいなあああッ!」
「グアアアアアアアッ……!」
優勢なのは圧倒的にユキハルである。嫌な予感の中で勝てそうだと感じていたとおり、ミミックには今のところ苦戦している様子はない。
逆にジュンラ側は痛手である。目的の米川リュウゴをおびき寄せなければならないのに、最初に出てきたターゲット外の
ただダメージを受け続けるだけのミミックに痺れを切らしたのか、ジュンラはクスホの背中をそっと押す。
「……やれるか、クスホ」
「わ、私ですか!? お言葉ですが……私の魔力はミミックさんの6割強……あのサングラス男には到底――」
「だからこそだ! ヤツは確かにそれなりの実力がある……だからこそッ! お前の力を使うんだろうがァッ!」
「ひ、ヒィィィッ! も、申し訳ありませんジュンラ様ァ!」
クスホは怯えながらも両手指を絡ませ、影絵でキツネを作りその指先をユキハルに向ける。固唾を飲み込み、一思いにその能力を命令通り発動させた。
「化狐……邂逅ッ!」
「フン………それでいい」
ユキハルの頭上に、小さく黒い雲がもくもくと発生する。それは突如、不自然にユキハルの視界に陰りを作り、虎視眈々と狙いの時を待つ。
「クスホの能力、化狐……それは相手の技や威力、はたまた能力をそっくりそのまま相手にブチかます搦め手。
それにしても恐ろしい……相手が強ければ強いほどその能力も比例して強くなる。部下に入れておいてよかったと思うほどだ」
ジュンラが不敵な笑みを浮かべた瞬間、ようやくユキハルはその違和感に気付いた。空は晴れているのに、自分の頭上にだけ不自然に黒雲があり、まるでそれは麦わら帽子のように部分的に陽光を遮っている……それてそれは、明らかに自らによるものではないと。
「こ、これはッ! オレのものにそっくりじゃないかァァ!」
「フフッ……ゲリラ豪雨の時間ですわよ」
「ぐっ……これじゃあ間に合わんッ!」
ユキハルはミミックに撃っていた豪雨の標準を頭上に向ける。雨粒と雨粒がぶつかり合う、その様子はまるで戦場である。だが小さく豪快に動く豪雨を全て捉えることなどできるはずもなく、その大部分は容赦なくユキハルに突き刺さる。
「ぐッ……この野郎ォォォッ!」
「フン……フハハハハハハ! さぞ痛かろう、自らの行いが首を絞めてくるんだからなあァァッ! さぁ、命が惜しけりゃ米川リュウゴを差し出すのだ!」
「……本当に面白いな、お前ら」
「……ん?」
唐突に余裕の言葉を浮かべるユキハル。しかしこれが痩せ我慢だとは到底思えない。何だ? 一体何を隠している? ジュンラの脳裏に無限の可能性がよぎった時、新たに小さな影がジュンラ達の足元に生まれる。
「だから裏庭の清掃と言ったろう。見るのだ背後を。掃除の準備はついに……」
ジュンラとクスホ、ミミックが後ろを振り返るとそこにはこちらを狙う1人の少女。その腕からはユキハルの技を有に超える、強大なエネルギーを感じる。
「がっ……なんだこの女ァ! 一体誰だああああッ!」
「音揃。やれ」
「……分かってるよ。言われなくてもッ!」
その鉄槌は容赦なく、3人に向かって振り下ろされた。
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