第31話 1日目 〜フシギなどこかノゆうえんち〜
「痛ぇっ…………!?」
リュウゴが顔を上げると、そこは遊園地そのものだった。遠くに見えるレールを定期的に駆け抜けるコースター、大空をぐるぐると回る空中ブランコ、きれいな花畑にオシャレな噴水。それに色んなマスコットが園内を練り歩いている。
だけども気がかりなことがある。それは人間が誰一人としていないことだ。カップルも家族連れも学生グループもなーーーんにもいない。オープン直前の最終テスト中とでも言わんばかりのその静けさは、遊園地というには不気味すぎる。廃墟のなり損ないのその場所に入ろうとする男児をリュウゴは咎める。
「……坊や。オレさ、遊園地でバイトしたことあるから分かるんだけど……ここ絶対入っちゃいけな――」
「どれからあそぶのー? あっちの広場にはアイスも売ってるよー!」
「ちょっ……言うこと全然聞かないね、誰かさんにそっくりだぜ」
男児をほうっておくこともできないので、仕方なくリュウゴは男児の背中を追う。不法侵入とかで炎上するのだけは勘弁だ、そう思って広場に足を踏み入れた瞬間……一気に戦慄が走る。
花壇の花は瞬時に枯れ、見たこともない雑草らしきものがボーボーに生えてそれを埋め尽くす。なんとなく聞こえていたテーマソング的なものはピアノが奏でる不協和音に変わる。アトラクションの周りを仕切る柵は錆び、マスコットキャラはゾンビのような動きで虚空を襲いだす。
「……まずい」
ダメだ、これは。何度言われたら∣
リュウゴはただただ来たであろう道を駆け抜ける。だけども出口は全く見えず、古びたアトラクションがギィギィと音を立てながらリュウゴの視界に飛び込んでくるだけだ。
「なんだよこれ、ここはどこなんだよ……!」
スマホを見るも、そこは圏外。あっちか、こっちか、やっぱりあっちか……無我夢中でそこから逃げようとするが全く出口は見えない。心臓がバクバクと暴れ出す。冷や汗が背中をぞわ〜っと撫でる。
「やばいやばい、これは――」
「お兄チャン、コッチダッテイッテルジャンカァ…………?」
「……うわあああああああああああ!」
その話し方は間違いなく男児のものだ。だがその声色はまるで地獄からのうめき声のようで、地の底へと引っ張られていきそうな予感すらした。振り返ったらダメだ、ただ走るしかない。だけども見えるは無数のアトラクションだったものと、何十年も整備されてないであろう荒れ果てた道ばかり。
盗賊団なんて怖くない、下手すりゃ今まで見てきたどんな魔物よりもここは恐ろしい! だんだん息が荒くなるリュウゴだが、疲れているということに気がついた瞬間きっと自分は死んでしまう。だから、逃げ続ける以外の選択肢はあり得なかった。
「ハァ、ハァ、くっそ……オレが何したって言うんだ……ッ!?」
リュウゴの前に、突如ボロボロの着ぐるみが立ちふさがる。それは経年劣化というよりは子どもからの殴る、蹴るという垢故の残酷さを浴びせられ続けたような、憎悪を孕んで苦痛で着ぶくれした、マスコットのような何かであった。
「うわっ……あああああ!?」
「ボク達と遊ぼうヨ、楽しいお友達が待ッテルヨォォォォ……!」
「ほらほら、楽しいショーの始まり始マリィィィ……!」
「君の名前ヲ教エテヨォォ……!」
「やばいやばいやばい、どうすりゃいいんだ……!」
魔法を使おうか、持ち前の運動神経で奴らを追い払おうか。でもそんなことして、変な恨みでも買ってしまえば何が起こるか分からない。恐ろしさとは未知への警戒心、未だに開拓されぬなぞの「悪霊」という存在に、リュウゴは戸惑うばかりである。
(チッ……なんでオレはこうも、オバケを吸い寄せちまう体質なんだよ……!)
リュウゴの心に、怒りの炎が灯る。その瞬間、自然とリュウゴの身体は激しい炎で包まれていた。邪悪な怨霊を追い払う、古来から神聖なものとされてきた真っ赤な光が、ついに堪忍袋の尾を叩き斬った。
「……おい! おい! やるってのかよ、こっちは平和に解決したいんだからなあくまでも……断るなら実力だ!」
松明で野生動物を追い払う狩人のように、リュウゴはマスコットらしき何かを牽制しながら距離を置く。やはりこいつらに怯えているヒマなどない、うまいこと身を守りながらここから抜け出さないと! そう思い、一度リュウゴは地面に炎を落とす。
「……ほら、これこそがオレの力ッ! それでもやるなら追ってこい、痛いのイヤなら成仏しやがれぇッ!」
不気味な遊園地にボヤが起こる。リュウゴはその煙でマスコットを撹乱しながら近くの茂みに隠れ、どこかにあるであろう裏道を探す。遊園地の隅まで行けばきっとパークの内外を隔てる壁があるはず、そこをよじ登るなりそこからスタッフ用の出入り口か何かを探せばここから出られる。
遊園地での短期バイトがここで生きるとは……ともかくもうすぐここから出られるだろう、リュウゴは胸を撫で下ろす。
幸い、草はボーボー。隠れる場所など無限に溢れている。なるべく静かに動き続けられたならばこっちのものだ、リュウゴは深呼吸してからゆっくりと四つん這いで動く。
「あぁもう、山を大人しく降りてりゃ良かったんだ……さっさとここから出て、一旦ギルドに戻ろう……」
ガサリ、カザリと草を踏み潰す音を立てながら、ただ前に進み続ける。2メートルもあろうかという成長に成長を重ねた雑草をかき分けつつ、外へと出られる場所を探す。幸い、今のところあの男児やマスコット達は追ってきていない。早くここを出なければ……そう思った瞬間、リュウゴの後ろでコツコツという音が鳴り始めた。
「……誰だ、警備員とかか? ならばあの人達についていけ――」
絶句。リュウゴは慌てて両手で口を塞ぐ。振り返った瞬間そこを歩いていたのは、虚ろな目で真っ直ぐに歩く兵隊であった。
軍靴の足音はメトロノームのように乱れることなく一定のリズムを刻み続ける。だがそれはまるであの世からの招き声、聞くどころか認識すること自体危ないのだと、リュウゴの本能が叫びを上げた。
「……早く出よう」
前を向いて再び進みだしたリュウゴは早速、何かに頭をぶつけてしまった。その目線の先に立っていたのはあのマスコットと、それに肩車されたあの男児だった。
「……ははは、終わったわ…………」
リュウゴは何かに誘われるように、深い眠りに落ちていった……。
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