動き出す、歯車 1話

 しっかりと身体を温めてから、更衣室に戻る。バスタオルで髪と身体を拭いてから、着替えた。


「トレヴァーさん」

「あれ、もう上がったの? ジェレミー」


 彼はいつの間にか私の近くにいて、ちょいちょいと手招く。


「王都の事件、聞きました?」


 こくりと首を縦に振った。


「うん、詳しくはまだだけど、軽くね」

「トレヴァーさんとレイモンドさんも、気をつけてくださいね。本当に無差別みたいですから」


 彼の背に合わせて少しだけ膝を曲げると、内緒話をするように耳元に小声で伝えてきた。その内容に、首を傾げる。


「それを言うなら、ジェレミーたちもそうだろう。気をつけるんだよ」

「はい! それじゃ、俺はもうちょっと温まってきます!」

「うん、ゆっくり身体を温めてね」


 ジェレミーが再び浴場に向かうのを見送ってから、宿屋へ戻った。カウンターにレイが座っていたのを見つけて近付く。


 すると、彼がこちらに視線を移し、無言でぽんぽんと空いている椅子を叩き、座るようにうながした。


 隣に座ると、じぃっとこちらを見つめる彼の視線に気付き、「どうしかした?」とたずねると、そっと私の背中に手を置く。


 ふわり、と温かな風が身体中を巡る感覚。


「髪、ちゃんと拭けよなー」

「ごめん、ありがとう」

「どういたしまして」


 レイは朝食のスクランブルエッグを、フォークに乗せて食べていた。


 どうやらレイの魔法で乾かしてもらっていたようだ。いつも思うけれど、魔法って本当に不思議で便利なものだと思う。


「トレヴァーもレイモンドと同じもので良いか?」

「はい、お願いします」


 マイルズさんに問われて、こくりとうなずく。すぐに朝食が運ばれた。


 この宿屋は食堂も兼ねている。だから、様々な人がこの宿屋で食事を楽しんでいる。


「レイ、二日酔いになってない?」

「なってない、なってない。わざわざ部屋まで運んでくれたんだって? 悪かったな」

「ううん。二日酔いになってないなら、良かった。あ、そうだ。さっきジェレミーに会ったよ」


 女神像のペンダントに触れながら祈りを捧げ、朝食を食べる。マイルズさんのスクランブルエッグは、いつ食べても美味しい。


「ジェレミーが?」


 少し意外だったのか、目を丸くする姿を見ながら、パンをちぎる。


「うん、ほら、事件のこと。レイと私も気をつけてって」

「ああ、昨日聞いた事件? なにを思って、男女問わずズタボロにしてるんだろうなぁ」


 理解できないとばかりに息を吐く彼に、大衆浴場で耳にした会話を話すと、眉根を寄せた。


「命あっての物種とはよく言うが、あんまりズタボロにはされたくねェな」

「そうだね」


 ちぎったパンをスープに浸して食べる。この食べ方だと、パンも柔らかくなって食べやすい。


 サラダも食べていると、レイはなにかを考えるようにボーっとしていた。私が食べ終わるまで待ってくれるみたいだ。


「あ、急いで食べなくて良いからな」


 まさに今、急いで食べようとしたら止められた。なんでわかったのだろうと目をまたたかせると、肩をすくめられた。


「ちゃんと噛んで食べろよ」


 ぬっと水を差しだしたのはマイルズさんだ。グラスを受け取り、何度もうなずいてから水を飲む。


 ルイス夫妻の宿屋を拠点としてから半年。料理を作っているマイルズさんは、いつも同じことを口にする。


「うまいか?」

「はい、とても」


 確認するように聞かれ、実際とても美味しいので素直に口にすると、目尻に皺を刻んで微笑んだ。


 宿屋の中は和やかな雰囲気で、事件が起きているなんて信じられないくらいだった。


 しっかりと噛んで料理を味わい、すべて食べ終わるとレイが立ち上がる。


「それじゃあ、そろそろ報告に行くか」

「うん。今日はみんな休みなんだって。だから、行けばきっと会えるよね」


 必要なものはすべて、レイの保管魔法で管理されている。先月末から会っていないギルドメンバーの顔を思い浮かべながら、レイの後ろを付いて行こうとすると、いきなり彼が立ち止まった。


「アイスシルバーの髪に、赤い瞳。そちらはハニーブロンドの天然パーマに、青っぽいグレーの瞳。ふむ、そなたたちが、レイモンドとトレヴァーか?」


 きりっとした切れ長の瞳に見据えられ、レイと私は顔を見合わせる。衛兵の制服――茶色の制服に白いラインの入った服を着ている、推定年齢四十代の男性が、宿屋にずかずかと入ってきて、私たちのことをじろじろと頭の天辺から足のつま先まで眺める。


「あの、なにか、ご用でしょうか」

「少し、きみたちに聞きたいことがある」


 鋭い眼光に射貫かれ、思わずひるんでしまう。


「な、なんでしょう……?」

「昨日の夕暮れ、森にいたというのは本当か?」

「森? ああ、依頼帰りだったからな」


 衛兵は、ふむ、と一言呟いてから、口を開く。


「今朝、森の中で男性がズタボロな格好で倒れていた」

「えっ?」


 彼の声は重厚で、しんと静まり返った宿屋の一階に響き渡った。


 全員の視線が、こちらに集まったような気がして、思わずレイのローブを掴んでしまう。


「きみたちが急いで森から出てきたという証言がある。どういうことか、説明してくれるだろう?」

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