宿屋でパーティー

 宿屋の中には私たちしかいなかったが、良い匂いにつられたのかそれとも先程の騒ぎを聞き、ルイス夫妻の結婚記念日を祝う……という名目で盛り上がりたいのか、気付けば満席になっていた。


「おい、トレヴァー。結構人集まったけど、全員におごって大丈夫か?」

「うん、聖騎士団で稼いでいたから」


 ひそひそと小声でたずねられ、こくりと首を縦に動かす。聖騎士団に所属していた頃、魔物討伐のたびに報酬金をもらっていた。それで自分の装備を整えなさい、と。


 魔物討伐のときに活躍した人はお金を多くもらえたので、みんな必死になっていたことを思い出す。


「ふぅん。まぁ、トレヴァーなら使いすぎないで貯金に回しそう」

「……よくわかったね?」

「トレヴァーだからな」


 くすりと口角を上げて、レイは辺りを見渡した。全員にお酒が配られたことを確認すると、椅子から立ち上がってウイスキーの入ったグラスを天にかかげる。


「えー、今日はルイス夫妻の結婚記念日という、めでたい日だ! 一緒に祝おうぜー!」


 その場にいるルイス夫妻とメロディ以外の人たちが、「おおー!」と賛同の声を上げ、お酒の入ったグラスやジョッキを天に掲げた。


「えーっと、結婚何年目だっけ?」

「十年目だよ!」


 レイが小首を傾げる。彼の腰まであるさらさらのアイスシルバーの髪が、重力に従うように流れた。


 彼の問いには、メロディが答えた。「そっか」と口にしてから大きな声を出す。


「ルイス夫妻の結婚記念日十周年を祝って! かんぱーい!」

「乾杯!」

「かんぱーいっ!」


 メロディもぶどうジュースの入ったグラスを持ち上げる。私も赤ワインの入ったグラスを掲げた。


 それから一口飲み、グラスを置く。


「やれやれ、ルイス夫妻は人気者だなぁ」

「料理足りますかね、師匠せんせい

「やるっきゃないだろ」


 調理を担当するマイルズさんとアイザックさんが、ひそひそと話し合っている姿を見て、眉を下げて微笑む。


 今日ばかりは、ルイス夫妻も料理や晩酌を楽しむ側だ。


 代わりに、マイルズさんとアイザックさんがせわしなく動いていて、私と例もいつもお世話になっているお礼として、料理を運んだりお酒を持って行ったりと手伝った。


 結婚記念日を祝うパーティーは、夜遅くまで続いた。お客さんたちがひとり、またひとりと帰っていくのを眺めながら、わたしたちはようやくマイルズさんの作った料理を口にする。チキンステーキは冷めていても、ジューシーで柔らかかった。


「野菜も食え、野菜も」


 ずいっとサラダを出されて、受け取る。


「ありがとうございます」


 特性のドレッシングがかかった野菜サラダは、レタスがシャキシャキとしていて美味しい。人参もとても甘く、ミニトマトは口の中をさっぱりとさせてくれた。


 神殿で暮らしていた頃は、神殿の裏側に畑があって、野菜を育てていた。そのことを思い出して口角を上げると、レイがぽんっと私の背中を軽く叩く。


「やっとひと段落ってところだな」

「そうだね。あんなに人が集まるなんて、ルイス夫妻の人望の厚さを感じるね」

「だなー。とはいえ、騒ぎたかったって人も多いだろうけど」


 レイは私の隣に座り、氷が解けてすっかり薄くなったウイスキーをくいっと飲む。


「うぇ、ぬるい」

「……そりゃそうだよ」


 彼はグラスに手をかざして、カランと氷を入れた。


「……レイって、詠唱しないよね」

「トレヴァーだって回復魔法を使うとき、詠唱しないじゃん」

「それはそうだけど。見ていると、なんだか不思議な気持ちになるよ」


 赤ワインを口に含み、飲み込む。山ブドウを使ったワインのため、甘さよりも酸っぱさが勝っているが、それが良いと思う。


「オレも同じこと思ってるけどなー?」

「そうなの?」

「うん。回復魔法使うとき、女神像のペンダント握りしめて祈るって、本当に聖職者みたい」


 みたい、ではなく……一応、聖職者だったんだけど……。なんて考えながら、赤ワインを飲み干す。すかさず、アイザックさんがおかわりを注いでくれた。


「聖騎士団に所属していたんだから、間違いではないんじゃない?」

「かもなー。でもやっぱ不思議」


 薄くなったウイスキーを冷やしたレイは、それをちびちびと飲みながら肩をすくめる。ゆっくりと息を吐いて、じぃっと私を見つめる。


「どうしたの?」

「いやぁ、まさかそんなにでかくなるとは思わなかったなぁ」


 冒険者になって一年半。お酒を飲むといつもこの話題になる。


 ――初めて出会ったときは、確か……レイのほうが高かった。それが逆転したのは、いつ頃だったろうか。私が九歳の頃には、確実にレイの背を追い越していた……というより、私が子どもたちの中で一番高くなっていた。


「初めて会ったときさぁ、ひよこのようにみえたんだよな」

「ひよこ」

「そう。くるんくるんの金髪だったじゃん。いや、今もそうだけど」


 当時を懐かしむように目元を細めて、あの頃のことを語る。この話もお酒を飲むと誰彼構わず話すので、当時のことを知らない人たちは、意外そうに私たちを見るのだ。


「ふわふわしてたし」

「最初から『ひよこ』って言っていたもんね」


 初めて出会った日を、今でも鮮明に思い出せる。


 レイはあの頃のまま、大人になったようだ。


「私は、レイが太陽みたいに思えたよ」

「なんで?」

「手がぽかぽかと温かったから」


 心細かったときに伝わった体温。それがどれだけ、私の心を安心させたのか、きっと彼は知らない。


「大きくなってもかわいいヤツめ!」


 くしゃくしゃくと頭を撫でられ、くすぐったくて思わず笑ってしまう。


 聖騎士団にいた頃も、褒められるときはこうやってくしゃくしゃ撫でてくれる人もいたっけ、と懐かしくなる。


 年齢が上がるにつれて、褒められる側から褒める側にシフトチェンジしていったけれど……褒められて嬉しかったことは、よく覚えていた。

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