メロディの目的

 王都に足を踏み入れ、冒険者ギルドで依頼完了の報告をするよりも先に、彼女の家へ向かう。


「メロディー! メロディー!!」


 宿屋に近付くと、宿屋の主人であるケント・ルイスさんと、その奥方であるキャスリン・ルイスさんがメロディを必死になって探していた。


 やっぱり探されていたか、と考えながら彼らに近付く。私たちに気付いたふたりは、レイの腕の中ですやすやと眠っているメロディを見て、力が抜けたかのようにその場に座り込む。


「だ、大丈夫ですか……?」

「良かった、メロディが無事で……本当に良かった……!」


 ぽろぽろと大粒の涙を流すキャスリンさんに、そっとハンカチを差し出した。彼女は私を見上げて「ありがとう」と口にしてハンカチを受け取り、涙をぬぐう。


 心から、身を案じてくれる人たちがいて、メロディは幸せ者だ。


「一体どこにいたんだ?」

「王都近くの森の中に。スライムに囲まれていたので、衛兵に伝えたほうが良いかもしれません」


 そう伝えると、神妙な面持ちでケントさんがうなずいた。


 それと同時に、メロディが薄っすらと目を開ける。


「あれ……?」

「メロディ、どうしてこんなに遅くまで帰ってこなかったんだ!」

「心配していたのよ!」


 彼女は両親の姿を見ると、目を大きく見開いて「うわぁぁあんっ」と泣き出した。両親の顔を見たことで、緊張の糸が切れたのだろう。ひっく、ひっくとしゃくりを上げながら乱暴に目を擦る。


「ごめんなさいっ! でも、でもねっ、お祝い、したかったの!」


 思う存分泣いてから、少し落ち着きを取り戻したメロディは、レイに下ろすように頼んだ。彼はすぐに彼女を下ろす。すると彼女は両親の前にずいっと摘んでいた花を差し出した。


「……お祝い……?」

「うん。だって、今日……お父さんとお母さんの、結婚記念日なんでしょ?」


 ちらりとうかがうように両親を見上げる。


「お父さんとお母さんがいなかったら、メロディは生まれてなかったって、おばあちゃんに教えてもらったの! だから、わたしもお祝いしたかったの!」


 メロディの言葉に、キャスリンさんは涙腺が決壊したかのように涙を流し、ケントさんも涙を浮かべていた。


「そりゃあ、めでたい!」


 ぱちぱちと拍手をしながら、レイが明るく声を発する。


 私も拍手をしながら、彼らに「おめでとうございます」と声を掛けた。


 王都に住みだして一年半。いろいろな宿屋を転々としていて、ルイス家が経営している宿屋を拠点にしてからは半年ほど経っていた。


 ふたりの結婚記念日は知らなかったが、知ったからにはお祝いしたいと思う。


「一緒に祝って良いかい、リトルレディ?」


 レイに問いかけられ、メロディは満面の笑みを浮かべてうなずいた。


「よーし、じゃあ今日は類家の結婚記念日祝いだ! 盛大にお祝いするぞー!」


 彼の言葉に、周りの人たちが「今日結婚記念日か、おめでとう」や、「いつまでも仲良くなー」と声を掛けていく。


 王都の住民に祝われ、ふたりは気恥ずかしそうに頬を染めながら、「ありがとうございます」と微笑んでいた。


「さて、それじゃあ宿屋に行きましょう」

「そ、そうですね。すみません。メロディを助けてくださって、ありがとうございました」


 キャスリンさんが頭を深々と下げる。無事に彼女を助けられて良かったと、心底思った。


 メロディが差し出した花は、ケントさんがしっかりと受け取っていた。あとで、宿屋の花瓶に生けられるだろう。


「そういえば、ギルドに報告しなくても良いのかい?」

「明日行くから平気。今日はめでたい日なんだから、ギルド長だって許してくれるさ!」

「ええ、きっと。そうだと思います」

「そうかい? じゃあ、今日はたっぷりと食べてくれ」

「もちろん! まぁ、たっぷり食べているのは、いつものことだけど」

「はは、確かに! レイモンドもトレヴァーも、美味しそうに食べてくれるから、見ていて気持ち良いよ」


 ケントさんは豪快に笑って、それからメロディに手を差し出す。彼女はぱぁっと表情を明るくして、彼の手を握った。反対側の手をキャスリンさんが握り、歩いていく姿は睦まじい親子そのもので、なんだか微笑ましい。


「オレらも行こうぜ。腹減った」

「そうだね。ぺこぺこだ」


 ふたり同時にお腹の虫が鳴り、顔を見合わせくつくつと喉で笑う。


 ルイス親子を追いかけるように、私たちも宿屋に向かった。仲良く三人で宿屋に入っていく姿を眺めて、こういう親子もいるんだなぁとしみじみ思う。


 宿屋に足を踏み入れると、調理を担当しているマイルズさんと、彼の味に惚れ込んで弟子になったアイザックさんが出迎えてくれた。


「メロディ、無事だったのか!」

「良かったぁ! ほんっとうに心配したんだよ!」


 アイザックさんは目から大粒の涙を流しながら、彼女に近付く。


「ごめんね、心配してくれてありがとう!」

「本当、無事でよかったーっ!」


 メロディが怪我をしていないか、心配そうに眉を下げ、彼女が無傷だと確認すると安堵からかその場に座り込んでしまった。そんな彼に、メロディは手を伸ばして頭を撫でる。


 九歳の女の子に慰められている二十三歳の男性の図を眺めていると、ごほんっとマイルズさんが咳払いをした。


「とりあえず、そこに固まっていたら邪魔だろう。トレヴァー、レイモンド、なにが食べたい?」

「あ、肉! 肉料理が良い! なんか、でっかい肉!」

「……ああ、なるほど。任せてくれ。昨日から仕込んである」

「おっ、さっすがー!」


 どうやらマイルズさんも、ルイス夫妻の結婚記念日を祝うつもりだったようだ。宿屋の中には、食欲を刺激する良い香りが漂っている。


「今日はルイス夫妻の結婚記念日だから、パァーっと盛り上がっていこうぜ!」


 楽しそうに声を弾ませるレイに、私もうなずき、そろそろと手を上げた。宿屋にいる全員を見渡してこう提案した。


「あの、みなさん、お酒を飲みませんか? 私がおごります」

「お、ラッキー! レディはジュースな」

「えーっ!」

「お酒は成人してからのお楽しみ、だよ」

「むぅ。はぁい」


 メロディはまだ九歳だ。お酒を飲むには早すぎる。


 だから、赤ワインに似た色のぶどうジュースを、彼女におごった。

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