昔の話 1話

「――レイは、魔塔でどんなことを教わっていたの?」


 一年半前、聞けなかったことを口にすると、彼はこちらを見て目を丸くしていた。


「え、今更?」

「うん……この一年半、冒険者としての生活を整えるに夢中になっていて、レイが魔塔でどんなことをしていたのかは、聞いたことなかったなって」

「あー、まぁ。聖騎士団所属だと、そうだよなぁ」


 レイは一体、聖騎士団のことをどう思っているのだろう。魔物討伐のために神殿から離れたときは、野宿が当たり前だったのに。


 だから、最初に王都へ向かうとき、てきぱきと野営の準備を始めた私を、レイが意外そうに私を見ていたことを思い出す。


「魔法の研究ばっかやってたなぁ。攻撃魔法や補助魔法。自由自在に使えるようになるのには、結構時間掛かったぜ」

「え、レイが?」


 神殿で一緒に暮らしていた頃、彼は周りの子どもたちのヒーローだった。すぐにいろいろなことを覚え、わかりやすく説明してくれたから。


 そんなレイの周りには、私以外にもいろんな人が集い、いつの間にか子どもたちのリーダーになっていた。


 当時のことを思い出し、口元を隠すように覆い、肩を震わせていると脇腹を肘で突かれた。


「なーに笑ってるんだよ」

「いや、当時のレイは人気者だったなぁと思って」


 今でも人気者ではある。王都を一緒に歩いていると、レイに声を掛ける人が多くて、そういうときどうすれば良いのかわからなかった。だが、すぐに『あ、こいつオレの相棒なんだ』と紹介してくれて、その場で崩れ落ちる男女がいたなぁ。


 あの人たち、なんであんなに泣き崩れていたんだろう?


「魔塔でも人気だったんじゃない?」

「まぁ、そこそこ? とはいえ、魔塔って魔法のことを研究する人が多いから、あんまり関わり合いにはならなかったな」


 顎に指を掛けて、魔塔で暮らしていた頃を思い出すかのように、視線を天井に向ける。


「ああ、でも結構声は掛けられた。なんせ、イケメンだからな」


 親指と人差し指の間に顎を乗せ、ニヤリと口角を上げる。そんな例を眺めながら、赤ワインを口にした。


「レイはどこでも人気者だね。なんだか誇らしいや」

「誇らしい?」


 こくりとうなずく。彼はいつでも太陽のようにかがいて、まぶしいくらいだ。


 ごくごくと喉を鳴らして、薄くなったウイスキーを飲み干し、「おかわり!」とグラスを突き出す。


 アイザックさんがウイスキーをグラスに注ぎ、くぴりと一口飲んでから、ふはぁーと息を吐いた。


「そんなに飲んで大丈夫か、レイモンド。お前、あんまり酒、強くないだろ?」

「良いじゃん、めでたい日なんだから」


 マイルズさんが呆れたように息を吐いてから、チーズを差し出した。つまんで食べろ、ということだろう。


「最近あんまり良い話がなかったから、みんな盛り上がりたかったんだろうな」


 洗った食器をキュッキュッと拭きながら、アイザックさんも会話に混ざる。


「そうなんですか?」

「あれ、……ああ、そうか。お前ら先月末から依頼で王都にいなかったな。そう、今月に入ってから、変な事件が起きてんだよ」


 水分をぬぐったお皿を重ねていくのを眺めながら、サラダを食べる。きちんと食べて栄養を摂らないと、身体は育たないと聖騎士団団長に口を酸っぱくして言われていたので、いつの間にか身についた。


「変な事件?」

「ああ。男女問わずズタボロにされるっていう事件がな。だから、メロディの姿が見えなくなって、取り乱していたんだ」


 メロディのことを心配して、両親ともに探していた姿。あれこそが美しい親子愛だと思っていたが、そんな理由もあったのかと考えながら、ごくりと飲み込む。


「ちゃんと三十回、噛んでいるか?」

「噛んでいます。マイルズさん、なんだか親みたい」


 くすくすと笑っていると、彼は目を点にして、腰に両手を添えて首を傾げる。


「そういや、お前ら小さい頃、神殿に預けられていたんだよな。成人後の職業が、冒険者で良かったのか?」

「オレは神殿から魔塔に行って、成人後は王都で冒険者として暮らしていたし」

「私は聖騎士団に所属していましたが、対人戦が全然だめで……。お荷物だったんじゃないかなと思います」


 軽く頬を掻いて、いつもこんな自分に優しく接してくれた聖騎士団の仲間を思い出し、心の中がじんわりと温かくなった。


「でも、レイとの約束があったから、がんばれたんです」


 あの約束がなかったら、きっと聖騎士団での訓練も耐えられなかっただろう。


 成人後にレイと一緒に冒険する。それだけが目標だった。


「ふっ、モテモテだな、レイモンド」

「さすがオレ」


 にやりと口角を上げるレイ。アイザックさんが思わずというように噴(ふ)き出した。


「ああ、でも、最初にトレヴァーを見たときは、驚いたなぁ」

「え、なぜですか?」

「だって、そんなにでかいのに、おどおどしていたから」

「うっ」


 アイザックさんの言葉には、身に覚えがありすぎる。


 王都にはいろいろな宿屋があり、それぞれ個性があるので、自分たちが一番過ごしやすいところを探そうとレイに提案されたのは一年半前。


 その提案に乗り、王都の宿屋を短くて一週間、長くて三ヶ月ほど泊まることを繰り返し、最終的にルイス夫妻の宿屋に落ち着いた。


 ルイス一家は本当に、温かな家族という感じがして、見ていて微笑ましい。理想の家族とは彼らのことをいうのでは? と考えてしまうくらい。家族からの愛情をたっぷりもらっているメロディが、どんな大人になるのかが、少し気になった。

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