昔の話 2話

「それにしても、聖騎士団ってそんなにあっさり離れて大丈夫なのか?」

「元々、成人後はどうやって暮らすか選択肢を与えくれるんですよ、神殿」


 団長から何度も問われたなぁ、と懐かしくなった。レイがウイスキーを飲み干し、「おかわり」と再びグラスを差し出す。


「本当に大丈夫かよ」

「へーき、へーき」


 へらりと緩み切った笑顔で手をぱたぱたと動かすのを見て、アイザックさんがちょっとだけ不安そうに、グラスにウイスキーを注いだ。


「トレヴァーは魔物を倒せたよな」

「はい。魔物は倒せます。……対人戦はダメなんですけどね」


 聖騎士団の訓練のとき、先輩や同期、後輩にも迷惑を掛けてしまった。逃げるばかりで攻撃しないことを『トレヴァーだから』と受け入れられたのは、奇跡に近い気がする。


「トレヴァーはでかいから、怖い顔をすれば威圧感が出て、周りを怖がらせそうなんだけどなぁ。花飛んでるもんなぁ、普段」


 アイザックさんがからかうように、両目の目尻を人差し指で押し上げる。彼は普段垂れ目なので、つり目になっている姿を見るのは、新鮮だった。


「……あの、花が飛んでいるとは……?」


 それよりも、彼の言葉が気になった。レイよりも身長が高くて、筋肉だってたぶん彼よりもある自分に花が飛んでいるとは? とアイザックさんをじっと見つめると、彼はケタケタと笑い声を上げながら口にする。


「お前、慣れてくるとふんわりとした雰囲気になるんだよ。レイモンドはよくわかってるんじゃねェの?」

「小さい頃からそうだよ。ふわふわしてる」

「ふわふわ」


 私の髪を撫でて、『ひよこみたい』と言っていたレイのほうが、ふわふわしているような気がした。


「でかいから態度もでかいのかと思ったら、そんなことないもんなぁ」


 アイザックさんは笑いながら、グラスに白ワインを注いでごくりと飲み込む。


「はー、やっとゆっくり飲める。いつも今日の半分くらいだから、つっかれたー」

「お疲れさまです」

「そういえば、ルイス夫妻とメロディは?」

「メロディを寝かせに行ったよ。今日は俺たちに任せろって言ってあるから、もう休んでいるんじゃないか?」


 マイルズさんが、ちらりとルイス夫妻の寝室のほうに視線を向ける。この場に残っているのは、この宿屋に泊まっている客(私たちを含む)と、ここの厨房で働いているマイルズさんとアイザックさんくらいだ。


「素敵な結婚記念日……だと思ってくれたら、良いですね」

「だな。かぁ、この宿屋があんなに人で溢れるってこともほとんどないし、楽しんでいたとは思うけど」


 ちびちびとウイスキーを飲むレイに、チーズを勧める。彼は素直にチーズに手を伸ばしてもぐもぐと食べた。チーズを髪ながら辺りを見渡し、ごくりと飲み込んでから口を開く。


「……そういや、さっき『変な事件』って言ってなかった?」

「さっき話したくらいしか情報ないぞ」


 私たちが王都を離れている間に、王都でそんな事件が起きているなんて、戻ってきたばかりだから知らなかった。


「被害者は……?」

「全員生きてる。が、ズタボロなので入院しているはずだ」


 被害者が生きていることに、安堵の息を吐く。


「入院している人たちには、会えるのでしょうか?」

「こらこら、無駄に神力しんりょく使おうとすんな」


 こちらの考えを読んだかのように、レイが口を開く。どうしてわかったのだろうと目を丸くして彼を見ると、ふわぁと眠そうにあくびをしてから頬杖をついた。


「トレヴァーの考えていることなんて、このレイモンドさまにはお見通しだっての」

「言われてんなぁ、トレヴァー」

「まぁ、お前の性格を知るものなら、誰でも考え付きそうなものだが」


 くつくつと喉奥で笑うアイザックさん。マイルズさんも、レイと同じようにウイスキーをロックで飲んでいる。カランと鳴る氷の音が、涼しげだ。


「トレヴァーは、魔物に対して容赦なく戦えるのになぁ」

「魔物と対人はやっぱり違うよ」


 戦い方も、その痛みも。


 対人戦の訓練のとき、逃げ回っていたけれど、最終的に相手の体力が尽きてしまったことが多々あった。それはあとでがっつり団長に怒られたのだけど……。『どうしても、対人戦はだめそうかい?』と眉を下げて問われたことを思い出す。


 そのときの団長は、どんな顔をしていたっけ?


 慈愛に満ちたまなざしを受けたことは、覚えている。


「そんなもんかねェ? 悪い人間相手には、どうするんだ?」

「自分でもわからないなぁ」


 ああ、そうだ、思い出した。あのとき、団長は続けてこう言ったんだ。


『いつかトレヴァーにとって大切な人が傷つけられたとき、戦えますか?』


 ――そう、問われていたんだ。


 そのことに対して、なにも言えなかった。そんな私を、団長は見守ってくれていたのか。


 ぐっと懐かしさが込み上げてきた。今度、聖騎士団に手紙を出そう。そして、レイと一緒に冒険を楽しんでいることを伝えよう。


 心の中で決意を固めていると、ごんっと鈍い音がした。


「あー、やっぱりつぶれたか」

「ウイスキー三杯が、限界のようだな」


 レイはお酒を飲むと眠くなるタイプのようで、羽目を外して飲むとどこでも寝てしまう。


「レイを部屋まで運びますね」

「ああ、もう夜も更けた。トレヴァーもしっかり休みなさい」

「そうします。おやすみなさい」


 マイルズさんとアイザックさんに声を掛け、レイを背負う。


 私よりも背が低いとはいえ、後衛とは思えない筋肉の持ち主だから、しっかりとおんぶをして二階の部屋へ足を進めた。

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