昔の話 3話
レイが借りている部屋は、二階の角部屋だ。その隣が私の部屋。
聖騎士団に所属していた頃に稼いだお金。それにプラスして、冒険者として働き出してから得たお金の有意義な使い方だと思う。
子どもの頃は大部屋だったし、聖騎士団の寮も四人部屋だったので、個室を使うことに少し違和感があった。
その違和感に気付いたのは、神殿に行く前に住んでいた場所を思い出したから。
母とふたりで暮らしていた小さな家。そして、エイケン家に引き取られて与えられた、埃だけㇻの小さな部屋。
神殿で暮らすようになって、大勢と一緒に過ごし、雑魚寝を繰り返していたからか、成人してから個室で過ごすことに心がざわついたのだろう。
「レイ、レイ? 大丈夫?」
彼の部屋の扉を開けて、中に入る。
ルイス夫妻に承諾をもらい、彼と私の部屋には魔法が掛けられている。決められた人のみが扉を開けることができる魔法だ。
私の部屋にはルイス夫妻とレイ。レイの部屋にはルイス夫妻と私が入れるようになっている。それ以外の人が入ろうとすると、バチっと電流が流れる仕組み……らしい。
「よいしょっと」
ベッドの上にレイを寝かせる。まぶたを閉じてすやすやと眠る姿は、自分よりも年上とは思えないくらい、幼く感じた。
「えーっと、確かここだったかな……?」
彼を起こさないように、ぽわりと白い光を出す。ナイトテーブルの上に置かれている紙とペン。さらさらと文字を綴り、内容を読み返す。うん、これでいいだろう。
内容は、レイが眠ってしまったのでここまで運んだこと、自分の許容範囲のお酒の量をちゃんと知って欲しい、だ。
レイは人気者だから、こうしてお酒を飲んで眠ってしまったら、危険なこともあるかもしれない。
ちょっと心配だ。
大丈夫……とは思うのだけど。
安心しきった顔で寝ているレイを、少しの間眺めた。暗い部屋の中、私が作り出した灯りで照らされる彼の姿は、とても神秘的に見えた。……レイのことを綺麗だと思うのは、刷り込みに近いのかもしれないけど。
「おやすみ、レイ。良い夢を」
そう声を掛けてから、部屋を出る。パタンと扉を閉めると、勝手にガチャっと鍵がかかる。魔法って便利だなぁ。
自分が借りている部屋に入り、灯りを点けてから白い光を消す。そして、一階に戻った。
「あれ、どうした?」
アイザックさんがエプロンを外しているところだった。
「水をもらおうと思って。今日、帰ってきたばかりなので、髪と身体も拭きたくて」
「ああ、レイ、寝ちゃったもんな」
納得したように首を縦に動かし、アイザックさんはバケツに大量の水を注ぎ、渡してくれた。それと、タオルも。
「明日の朝、風呂に行くか?」
「そうしようと思います」
「じゃあ、風呂に入ってから飯だな」
なにかを計算するように目を閉じて、ぶつぶつと呟く。そして、眠そうに大きなあくびをした。
「じゃあ、おやすみー」
「おやすみなさい」
バケツとタオルを持って、部屋に戻る。扉を閉めて、テーブルの上にバケツとタオルを置き、服を脱いだ。
パジャマを取り出してから、タオルを水に浸し、きつく絞る。
満足するくらい髪を拭いて、別のタオルを水に浸してきつく絞り、顔を拭く。なんとなく、サッパリした。
それから、淡々と身体を拭いていく。
レイが起きているうちに、頼めば良かったかな?
彼なら魔法でぱぱっと、きれいにしてくれるから。
そんなことを考えながら、魔物討伐の依頼を達成するまでに積もった疲労を労わるつもりで身体を
全身を綺麗に拭いて、身も心もさっぱりとしてからパジャマに袖を通し、寝る前の習慣として窓辺に移動し
――女神さま、無事に魔物討伐の依頼を達成できました。そして、森の中でスライムに囲まれていた少女を助けることができました。今日はその少女の両親の結婚記念日だったようです。みんなで盛大にお祝いをしました。とても楽しい時間を過ごせました。本日も見守ってくださり、ありがとうございます――……。
神殿ではいつも、こうして祈りを捧げていたからすっかり習慣になっている。
女神像から手を離し、ペンダントを外す。窓辺からベッドに移動し、ナイトテーブルの上にペンダントを置いた。
そして、ベッドに潜り込んで目を閉じる。赤ワインを飲んだからか、身体がぽかぽかと温かくなっている気がする。
目を閉じて、明日の予定を立てた。
まずはお風呂に入って、それから冒険者ギルドに行って魔物討伐の依頼がきちんと終わったことを報告して――あとは、どうしよう?
レイはなにか、用事があるのかな。
パーティーを組んでいるとはいえ、ずっと一緒にいるというわけでもないから、とりあえずあとの予定は彼の予定を聞いてから決めよう。
「……家族、かぁ」
成人する一年ほど前に、エイケン家の当主から手紙が届いた。
内容はとても簡潔で、成人後はエイケン家に関わらないこと。そして、自由に生きろと書かれていた。
レイがもし、神殿まで迎えに来なくても、きっと聖騎士団からは退団していたと思う。正直に言えば、彼が本当に迎えに来てくれるかも、半信半疑だった。
絶対に、言わないけれど。
魔塔でも例は人気者になるだろうから、私のことなんて忘れてしまうのではないかと不安だったが、その不安を
そのときのことを思い出すと、心の中がぽかぽかと温かくなる。
いろいろなことを思い返しているうちに、ふっと意識が途絶えた。
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