朝風呂
――夜が明けた。鳥のさえずりで目が覚める。カーテンの隙間から光が差し込んでいるのが見え、起き上がった。
ぐーっと身体を伸ばしてから、服を着替える。お風呂に入る予定だから、その用意も。
最低限の荷物を持ち、公衆浴場へ向かう。宿屋の近くに大浴場がある。半年もこの宿屋にお世話になっている理由のひとつだ。
一階に下りると、すでにルイス夫妻とマイルズさん、アイザックさんが忙しそうに働いている。
「おはようございます」
「おはようございます。お風呂ですか?」
「はい。もしもレイに聞かれたら、いつもの風呂屋にいると伝えていただけませんか?」
「かしこまりました。朝食、用意しておきますね」
キャスリンさんと言葉を交わしてから、目的地まで足を進める。
公衆浴場なので、誰でも入れるし……ここの良いところは、様々なお湯を楽しめることだと思う。
中に入り、男性用の更衣室に向かう。早朝だからか、そこそこ賑わっていた。いろいろな人たちが来て、いろんな話をする交流の場所だ。
神殿でも、こんな風にコミュニケーションの場所になっていたなぁ、お風呂。
いろいろな人たちの会話が耳に届く。昨日聞いた事件のことを話している人たちが多い。思わず、聞き耳を立ててしまう。
「顔や身体だけではなく、髪もズタボロだったらしいぞ」
「男女問わずだろ? どういう基準で狙われているんだ?」
「それがわかれば、衛兵も苦労しないって」
「それもそうか」
男性たちの会話を聞きながら、シャワーを浴びる。ほぼその話題で埋め尽くされている。
……私たちが王都を離れている間に、そんな事件が起きていたとは、思わなかった。
王都には様々な冒険者ギルドがあり、衛兵と協力し合い、治安を守っている。
もちろん、私たちが所属している冒険者ギルド『カリマ』でも、要請があれば衛兵とともに行動し、王都を守っていた。
「しかも容疑者が全然わからないってさ」
「じゃあ、まだ続きそうだなぁ……」
私たちが王都から離れたのは、先月の末。魔物討伐の依頼を受けて、近くの村まで馬車で向かった。
それからイノシシのような魔物を倒し、また別の魔物を倒しと繰り返していたら、いつの間にか今月になっていた。月日が流れるのは早いものだと、しみじみ思う。
その村以外にも、イノシシのような魔物は畑を荒らしていたようで、とても感謝されたのを覚えている。何度もお礼を伝えられ、いろいろなものをいただいた。
いただいたものは、レイの魔法で保管されている。彼の魔法は本当に便利なものが多く、レイが手ぶらでいられるのも、その保管魔法のおかげだ。
私も使えるようになれば良いのだが、なかなかうまくいかない。
ぼうっと考え込んでしまった。早く髪と身体を洗って、湯船に浸からなければ。
シャンプーとトリートメントを取り出し、髪を洗う。ちなみにこのシャンプーとトリートメント、それから身体を洗うための石鹸は、レイの手作りだ。
神殿ではほぼ全員が同じものを使っていた。たまに、髪質や肌に合わない人がいて、その人たちは自分に合っているものを探すことに夢中になっていたなぁ。
そういえば、聖騎士団団長もそのうちのひとりだ。みんなとは違う香りだから、すぐにわかる。
髪を二回洗って、きれいに泡を落とし、すぐにトリートメントをつける。……レイは私の髪質や肌のことを、どれだけ理解しているのだろうか。
彼の作ったシャンプーたちを使い始めてから、髪がとても綺麗になったと冒険者ギルドの受付嬢、コートニーさんに絶賛された。自分でも、そう思う。
レイもレイで、自作したシャンプーたちを使っているみたい。
彼がなにかを作り始めると、物珍しさで思わず覗き込んでしまう。そんな私を、彼は咎(とが)めることなく、ただ笑って好きにさせていた。
トリートメントを洗い流し、今度は身体を洗う。石鹸を泡立てて、真っ白な泡で身体を撫でるように洗っていると、またあの事件の話題が耳に届く。
「それにしても、なんで今月から?」
「さぁ……? さっさと解決してくれると良いんだけどなぁ」
「だよな、無差別っぽいし。安心して外を歩けようにして欲しいぜ」
そんな会話が耳に残った。
確かに無差別だとしたら、恐ろしくて外を歩きたくなくなるだろう。私たちでも調査をするべきなのだろうか思考を巡らせながら身体を洗い、泡を落とした。
さっぱりとしたところで、湯船に浸かる。
じわじわと身体の中に温かさが伝わっていく感覚。全身がぽかぽかと温まる。とても心地の良い湯船を楽しんでいると、背後から声を掛けられた。
「トレヴァーさんじゃないっスか! 朝風呂ですか?」
「あ、ジェレミー。おはよう。昨日帰ってきたばかりだから、さっぱりしたくてね」
振り返ると、同じギルドに所属している後輩のジェレミーの姿が、視界に入る。
「おはようございます。魔物討伐の依頼はどうでした?」
「上々、かな? 今日、ギルドに報告する予定なんだ」
「ギルド長、首を長くして待ってましたよ」
少し意外で、思わず彼を見つめた。
「結構時間が掛かったでしょ? ふたりにしては珍しく。だから、心配していたみたいです」
ジェレミーは私の隣に座り、「ふわぁー、身体の力が抜けるー」と気持ちよさそうに声を出している。
「……じゃあ、すぐギルドに向かわないとね」
「今日は全員依頼が入ってないから、たぶん『カリマ』でのんびり過ごしてますよ」
「そっか。みんな元気なら良かった」
ギルドメンバーの顔を思い出しながら、ほっと息を吐く。元気に過ごせているのなら、なによりだ。
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