1章:神殿
小さい頃の約束 1話
それから数ヶ月の月日が流れ、ぼくは十歳前後の子どもたちに目を付けられてしまった。殴る、蹴るは普通のことで、子どもの力とはいえ痛みはある。とはいえ、エイケン家で受けていた嫌がらせに比べれば、まだ耐えられた。
殴られたことで転んでしまったぼくを見下ろし、にやにやと笑うのは大柄の男の子だ。彼の仲間たちが、にたにたと変な笑いを浮かべながらぼくを見ている。
「相変わらず、気弱でなよなよしていて、イラつくヤツ!」
声が無駄に大きい。ぼくが黙っているのが面白くないのか、「チッ!」と舌打ちをする。でも、その大きな声のおかげで、――いつも、素早く助けに来てくれるんだ。
「――おい、なにやってるんだよ?」
鋭い声が飛んできた。――レイの声だ。ぼくの真正面から、大柄な子どもを睨みつけながらガーネットのような赤い瞳の目尻を吊り上げて、ずんずんと近付いてくる。
「またトレヴァーをいじめていたのか! そんなんだから、いつまで経っても聖騎士の道を進めないんじゃねェの?」
ビシッと人差し指を突き立てて、詰め寄る。
「なっ! そ、そんなわけねーだろ! 俺は、こいつがいつまで経ってもなよなよしてっから、鍛えてあげてるだけだ!」
「トレヴァーに頼まれてもいないくせに、よく言うぜ。おい、大丈夫か?」
呆れたように目元を細めて男の子を見てから、ぼくに手を差し出すレイ。でも、その後ろから頭に血を上らせたように顔を真っ赤にして、今にも殴り掛かりそうになっているのが見えた。
「神官さま! あちらです!」
小さな女の子の声。それと、ぱたぱたとした足音。ぴくりと殴り掛かりそうだった男の子の動きが止まったのを見て、レイがぼくの手を握って立ち上がらせる。
「逃げるぞ!」
「う、うん……!」
彼に手を引っ張られながら、逃げる。
これがいつものパターンになるのに、そう時間は掛からなかった。
じめじめとした神殿の一角から、花の甘い香りがする庭園に移動し、レイはようやく足を止めた。
ふたりでぜぃぜぃと肩で息をしていると、この庭園を管理している人が声を掛けてきた。神官の服を着ているけれど、いつもこの庭園に居る気がする。
「おやおや、今日も大変そうだね」
「そうなんだよ! トレヴァー、やり返せって!」
「……えっと、でも……だれでも、痛いのは……いやでしょ……?」
もじもじと両手の指をすり合わせていると、彼らは眉を下げて大きく息を吐いた。
「人の痛みを思いやれる、優しい子ですね。こちらへいらっしゃい。傷の手当てをしましょう」
「ほんっと、トレヴァーの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいヤツらだぜ!」
ぼくの代わりにレイがぷりぷりと怒っているみたいだ。庭園の隅に建てられている小屋に入り、簡単な手当てを受ける。水で傷口をきれいに洗ってから、回復魔法を掛けてもらった。
「……いつ見ても、きれいですね」
ほわほわとした、優しい光。その光が傷を癒してくれる。
「まさか、これを見るためにわざとやられているわけじゃないだろうな?」
「まさか! 痛いのはぼくだっていやだよ。でも、だれかを傷つけるのは、もっといやなんだ」
ぼくらの会話を聞いて、神官がぽふっと頭に手を乗せて優しい力加減でぼくらの頭を撫でる。
「優しい子ですね、ふたりとも。その優しさを、忘れてはいけませんよ」
大きな手で撫でられて、なんだか気恥ずかしかった。こんな風に撫でてくれるのはお母さんしかいなかったから……。お母さんのことを思い出して、なんだか急に胸が苦しくなった。
「ああ、もう、泣くなって」
レイがポケットからハンカチを取り出して、ぼくの目からこぼれ落ちる涙をごしごしと
「ち、力が強いよ、レイ……!」
「我慢しろ、まったく」
ぶつぶつと文句を言いながらも、泣き止むまで涙を拭いてくれた。しっとりと濡れたハンカチを見て、「泣き虫だなぁ」と笑う。その笑顔も、まるで太陽のように輝いていた。
「レイモンド、トレヴァー。私は少し行くところがあるから、ここで遊んでいなさい」
「わかった。ご飯の時間には戻るよ」
「ええ、そうしなさい。あまり無理をしちゃダメですよ」
もう一度ぼくたちの頭を撫でてから、小屋から出ていく。その背中を見送り、彼の背中はとても大きいなぁと感じた。
「それにしても、本当に弱いものいじめが好きなヤツだよなぁ、あいつ」
大柄な男の子のことを言っているんだろう。ぽりぽりと頬を掻いて、治してもらった怪我の場所を見る。
神殿暮らし始めて、一週間ほど経ったとある日、あの男の子と図書室でばったり会った。
彼はあまり本を読むのが好きではないようで、図書室には滅多に来なかった。なのに、どうして? と、考えて彼の目的が本ではなく――ぼくらと一緒にいることが多い、少女だと気付いた。
「うーん、それはちょっと違うと思うよ、レイ」
図書室で、あの男の子が見た光景はぼくとレイ、そして恐らく彼のお気に入りの少女が一緒に本を読んでいた場面だったろうから。
少女は本が好きで、いつも図書室で読書をしていた。ぼくも本が好きだったから、仲良くなるのには時間が掛からなかった。
「違うって?」
「たぶんね。まぁ、ぼくが一番八つ当たりしやすかったんだとは思うけど」
とはいえ、ぼくをいじめることで男らしさをアピールしているのなら、まったくの逆効果だとは思う。だって……あの少女は、彼のことを怖がっているから。
「気に入らないからって理由で、殴る蹴るはいけないことだろー?」
「そうだね、ダメなことだと思う」
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