小さい頃の約束 2話
ハンカチを持ったまま、ぼくの顔を覗き込むレイ。同じ日に神殿に預けられたからか、それとも自分のほうが年上だという自覚がそうさせるのか、なにかと気にかけてくれる彼をじっと見つめる。
「ぼく、レイと同じ日に預けられて良かった」
「はぁ? いきなりなに言ってんだよ。つーかさ、トレヴァーはもう少し、気を強く持たないと」
「……うん。でもね、暴力って痛いじゃない? 痛い思いを、みんなにして欲しくない場合は、どうしたら良いのかなぁ?」
「気弱なのに、そこはぶれないのな、お前……」
レイはぼくの頭に手を伸ばして、両手でくしゃくしゃとかき混ぜる。力いっぱい撫でられて、ちょっと痛い。
「ふわふわすぎー」
「生まれつきだから、仕方ないよ。……せめて、もう少し優しく撫でて、いたたっ!」
髪の感触を楽しむように、何度も撫でられた。ぼくの髪よりも、レイの髪のほうが何倍も触り心地は良さそうだと思う。アイスシルバーの髪は真っ直ぐと伸び、いつものように輝いているから。
「なぁ、トレヴァー。神殿で暮らすの、慣れたか?」
「うん、慣れてきたよ。もう数ヶ月もここで暮らしているもん」
エイケン家で暮らしていた頃よりも、神殿で暮らしている今のほうが自由に遊べるし、なによりもレイという友だちができた。そのことが、一番嬉しいかもしれない。
「そっかぁ」
「……レイはどう? 慣れた?」
「オレ? オレもまぁ、慣れたけど。ただ、なんか子どもたち、オレにくっついて来るし」
確かに、と思わず
いつの間にか、レイの周りには人が寄ってきて、今ではこうしてふたりだけで遊ぶことが困難になってきたところだ。
だから、暇をつぶすために図書室に行って、本を読んでいたのだけど……レイはこっそりと図書室に来ては、ぼくたちと一緒に過ごすことを好んだ。
「レイは戻らなくて良いの?」
「いいだろー、別に。オレがいなくても、ちゃんとあいつら遊んでいるって」
ぼくの頭から手を離して、数歩下がった。そして、自分の後頭部で手を組んで、くるりと振り返る。
「遊ぼうぜ、トレヴァー!」
「う、うん……!」
いつも、レイはこうやってぼくを誘ってくれる。彼に声を掛けられると、心の中がぽかぽかと温かくなるから、不思議だ。
「なにして遊ぶ?」
「そうだなぁ。……いつもオレが決めているし、今日はトレヴァーが決めろよ」
いきなりそう言われて、目を丸くしてしまう。
ぼくが決めたこと、なかったっけ? と首を傾げていると、レイが近付いて来て、おでこにデコピンされた。
「いたっ!」
「無自覚かよ!」
おでこが痛くて、両手で隠すように押さえると「おおげさ!」とお腹を抱えて笑う。むぅ、と頬を膨らませると今度は人差し指で突かれ、口から「ぷぅ」と空気が抜け、間の抜けた音が鳴る。
ふたりで顔を見合わせて、ぷっと噴き出した。
顔を見合わせたまま、お腹が痛くなるまで笑った。表情筋も痛くなって、なんだか新鮮な気持ちになる。
「あー、笑った! それで、なにして遊びたい?」
「えっと、本を読みたいな」
「本当に読書が好きだな、トレヴァーは」
この小屋の中にも本はたくさんなる。植物図鑑や、恐らくあの神官の趣味の本。さまざまな分野の本がたくさん並べられていて、どの本を読もうかと背表紙を見るだけで楽しい。
「あ、これはまだ読んでないよね」
本棚に移動して、読んだ本とそうではない本を見分ける。
あの男の子にいじめられるようになってからは、ここが避難先になっていて、レイもここで本を読むことがある。……でも、ここの本は彼にとって退屈なのか、いつも窓の外を見ていた。
「ぼくが本を読んでいる間、暇じゃない?」
「別にー? ここだと滅多に人が来ないから、のんびり過ごせていいぜ」
「そっか」
レイは人気者だ。気付けばいつでも周りに人がいる。明るくて、優しくて、面倒見が良いから、みんな彼のことが大好きなのだろう。
でも、いつも人の中心にいるから、疲れることもあると思う。そんなとき、レイはぼくと過ごすことを選ぶ。
「それにしても……、トレヴァーってまだ五歳なのに、なんでそんなに読み書きできるんだ?」
「お母さんが得意だったんだ」
三歳くらいから、お母さんがいろんなことを教えてくれた。私生児とはいえ貴族の血を引いているから、ちゃんとした教育をさせたかったんじゃないかな?
……お母さん、元気かな。
「な、なんだ、ホームシックか? 今日はよく泣くなぁ」
さっき使ったハンカチではなく、別のハンカチを取り出してぼくの目元に添えてくれた。
「ごめん……」
「謝るなって。この神殿に預けられた子どもたちだって、ホームシックになって泣いてるじゃん」
ごしごしと力強く涙を
「お前だって、他の子が泣いていたら、ちゃんと面倒見てるだろ?」
「レイほどじゃないよ」
「他人と自分を比べるなって。オレはお前じゃないし、お前はオレじゃないんだから!」
レイの声が大きい。怒っているのかな、と彼の様子を見ると、ムッとしたように唇を尖らせていた。
そんな彼が珍しくて、思わず手が伸びる。人差し指で彼の唇にチョンっと触れると、ぎょっとしたように目を大きく見開き、動きを止める。
「ハンカチ、ちゃんと洗ってから返せよ」
「うん、いつもありがとう」
二枚のハンカチを受け取って、ぎゅっと握りしめる。しっとりと濡れたハンカチをポケットにしまい、一緒に本を読んだ。
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