小さい頃の約束 3話

◆◆◆


 ――転機が訪れたのは、四年後。


 レイが十歳、ぼくが九歳の頃。


 このくらいの年齢になると、ぼくらに宿る力を水晶玉で調べるらしい。


 九歳になったぼくは、身体がとても大きくなった。あの大柄な男の子よりもずっと。だからか、最近ではいじめられることは少なくなった。


「それでは、次。トレヴァー、この水晶玉に手を乗せなさい」


 神殿の一室に子どもたちが集められ、次々と水晶玉に手を置いていく。この国の人たちは、神力しんりょくか魔力が宿るらしい。どちらも宿す人もいるらしいけど、それはとても珍しいみたい。


 水晶玉を取り出した神官がそう言っていたのを思い出しながら、そっと水晶玉に触れる。


「わぁ!」


 パァァアア! と、水晶玉から放たれた白い光はあまりにもまぶしくて、思わず目をぎゅっと閉じた。


「トレヴァーは神力ですね」

「では、次。レイモンド」

「はぁーい」


 水晶玉から手を離すと、あれほどまぶしかった光は消え、ぼくの後ろにいたレイが呼ばれた。そっと目を開けてレイの様子を見ると、彼はわくわくとした表情でぼくと場所を交代する。


「トレヴァー、こちらへ」


 別の神官に優しく声を掛けられ、そちらへ歩く。レイはどっちだろう? と気になって振り返ると、彼がぺたりと水晶に触れるところだった。その水晶は白と黒のもやを出し、神官たちを驚かせた。


「――まさか、こんなことが……」

「レイモンド、きみはこちらへ来なさい」

「へーい」


 やる気のなさそうな返事をしながら、レイはこの部屋から出て行った。他の子どもたちもざわざわとレイが去った扉を見ながら、いろいろな憶測を話している。それでも、気を取り直したように神官が「次」と子どもたちを水晶玉に触れさせた。


 すべての子どもたちの宿る力を調べ終わってから、ぼくはあの庭園を管理している神官に声を掛けられ、顔を上げる。


「トレヴァー、少し良いかい?」

「……はい」


 他の子どもたちが全員部屋から出て行ってから、彼はぼくを呼び止めて椅子に座るようにうながす。


「失礼します」


 一言口にしてから、椅子に座る。背筋を真っ直ぐに伸ばして、じっと神官を見つめた。


「トレヴァー、きみには神力が宿っていたね」

「あの白い光って、神力の光なんですね」

「ああ。トレヴァー、聖騎士になることを、考えてみてくれないかい?」


 思わず目を見開いた。


 神殿の聖騎士たちは、子どもたちにとって憧れの職業で、いつかスカウトされることを夢見ている子たちが多い。でも、聖騎士は忙しそうで、たまに顔を見るくらいでまともに話したことはなく、どんなことをしているのかは知らなかった。


「……でも、ぼくは……人と戦うことは、苦手、です」


 おどおどとしながらも、きちんと自分の意見を口に出せたことに、安堵の息を吐く。彼はそっと近付いて、ぼくの肩に手を置く。そして顔を覗き込む。


「聖騎士が戦うのは人だけではないよ。そりゃあ、訓練として対人戦はあるが……倒すのは魔物だ」

「魔物?」


 こくりとうなずくのを見つめる。


 魔物――聞いたことはある。とても恐ろしい存在で人間たちにとって脅威であるのと同時に、魔物を倒すと手に入れられるコアは、いろいろな研究や武具に使われている、らしい。


「きみが優しい子だと知っている。だが、優しいだけでは生きていけない。自分を守るすべを、身につけなさい」


 真剣な表情に、思わず言葉をむ。


 ――身体が大きくなったって、ぼくは気弱なままだ。


「聖騎士になれば、身を守れるんですか……?」


 小さな声で問いかける。彼は柔らかく微笑み、首を縦に振った。


「なれるとも。それに、きみのその優しさも、きっと武器になる」

「優しさが、武器に?」


 彼の手が肩から離れ、代わりに頭に乗せられた。くしゃりと撫でられて、目をまたたかせる。


 子どもたちの誰よりも大きくなってから、誰もぼくの頭を撫でようとしなかった。でもこうして撫でられると、なぜか心が弾む。大人に撫でられるの、好きみたい。


「きみはきっと、回復魔法を使えるようになるよ。その力で、聖騎士たちを助けてやって欲しい」

「ぼくに、そんなことが……?」


 じっと自分の手のひらを見つめる。怪我をしたときに使ってくれた回復魔法を思い出し、本当にあの魔法をぼくが使えるようになるのだろうか、と眉を下げる。


「できるさ。人の痛みを自分の痛みのように感じられる、きみなら」


 優しい声色におずおずと顔を上げる。目元を細めて笑う姿を見て、なんだか本当にできるような気持ちになった。


「それに、身体を鍛えておけば、いざというときにも動きやすいだろうからね」

「いざというとき?」

「ああ。トレヴァーが誰かを、守りたいと思ったときにね」


 誰かを守りたいと……思ったとき? 首を傾げると、いきなり部屋の扉がバァンと大きな音を立てて開けられた。その音にびくっと肩を震わせて、扉に視線を向けると、レイが立っていた。


「入りまーす!」


 ぼくを見てぱっと明るい表情をし、中に入ってきた。そして、大股で近付いてくる。


「なんの話してたか、聞いても良いか?」

「あ、えっと。聖騎士にならないかって」

「え、お前もスカウト? オレら変なところで似てるなー!」


 レイの言葉で、彼もどこかにスカウトされたのだと気付いた。


「レイモンドは、どこから誘われたんだい?」

「魔塔!」


 きっぱりと言い切った。神官は「やっぱり」と肩をすくめてから、ぼくの反応をうかがうように視線を向ける。


「ま、魔塔……? じゃあ、レイは……どこかに行っちゃうの……?」


 今にも泣きだしそうなぼくに、レイがバシバシと肩を叩く。


「なんかオレ、魔力も神力もあるみたいだから、魔法習っておこうかなーって」

「どうしてだい?」


 レイはぼくの肩から手を離して、真剣な表情を浮かべた。ガーネットのような赤い瞳はキラキラと輝いていて、それからにっと口角を上げてこう言った。


「トレヴァーに宿っているのが、神力だから!」

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