小さい頃の約束 4話

 ぼくに、神力が宿っているからレイは魔塔に……? どうして、そう考えたんだろうと首を傾げると、レイは明るい笑顔で語り出す。


「トレヴァーは神力を使えるように、オレは魔法を使えるようになれば、すっごくバランスの良いパーティーになると思わないか? 最高じゃん?」


 パーティー、と耳にして最初に思い浮かんだのは、きらびやかな場所で行われるダンスや談笑を楽しむもの、だった。でも、レイの様子からして、それではないのだろう。


「同じ力を得るよりは、得意分野を分けたほうがバランス良いし、役割分担もできるじゃん?」


 腕を組んでしみじみと呟く姿に、目を丸くする。ど、どういうこと?


「オレ、さっそく今日から魔塔に行くことにしたんだ。なぁ、トレヴァー、ひとつ、約束しようぜ!」

「や、やくそく?」


 レイはにかっと白い歯を見せてうなずく。あっさりと神殿から去ることを伝えられ、混乱している。


「そう、大人になったら、一緒に冒険しよう!」


 あまりにも明るく、レイがそう言うものだから、ぽかんと口を開けて彼を見つめる。そして、彼がいつも好んで読んでいた本が冒険ものだったことに気付き、パーティーの意味を理解した。


「おや、冒険者志望だったのかい?」


 初めて聞いた、とばかりに神官が問いかける。


「ああ! だって冒険者って楽しそうじゃん!」


 ワクワクと期待に満ちた瞳を隠さず、レイは冒険者がどんな冒険をするのかを身振り手振りで伝えた。その表情はとても輝いていて、本当に憧れているんだなぁって、なんだかぼくまでワクワクしてきた。


「それに、トレヴァーは対人戦ダメそうだけど、魔物ならいけるんじゃないかと思ってさ」

「どうしてそう思うの?」

「だって、魔物は人を襲う存在だから。そんな存在に遠慮する必要はないかなーって」


 後頭部に手を置いて、キョトンとした表情でぼくを見つめる。聖騎士の話を聞いたときにも、魔物ことを口にしていたけれど……本当にぼく、魔物と戦えるのかな?


 ――それは、わからない。でも――……!


「ぼ、ぼく、レイと一緒に冒険したい……!」

「お、言質とったぞ! 約束だ、トレヴァー。お前が二十歳になったら迎えに行くから、待ってろよ!」

「う、うん! 約束だよっ!」


 互いの小指を絡めて、約束を交わす。神官がその光景を微笑ましそうに見守り――指を離すと、レイは「じゃあな!」と元気よく手を振って部屋から出て行った。


「……ぼく、強くなれますか?」

「ええ、きっと。聖騎士の訓練を、受けますか?」

「……はい!」


 こうしてぼくたちは、それぞれの道を歩み出した。


◆◆◆


 ――それから十一年の月日が流れた。聖騎士団の寮に移動し、彼らとともに暮らしているうちに、一人称は『ぼく』から『私』に変化した。


 九歳だった『ぼく』は、二十歳の『私』になり、成人を迎えた。二十歳になったら迎えに来るというレイの言葉を糧にして厳しい訓練にも耐え、元々大きかった身体はさらに大きくなり、筋肉もついた。


 対人戦は全然ダメだったけど、魔物とは戦えるようになったし、回復魔法も使えるようになった。これなら外の世界でも大丈夫だろうというお墨付きを、庭園の神官――いや、聖騎士団団長からいただき、ほっと息を吐く。


 そう、あの庭園を管理していた神官は、騎士団長だったのだ。彼は、私に神力があることを見抜いていたようだ。さらに、私の性格のことも気にかけてくれたようで、誘ってくれたみたい。


 聖騎士団の人たちはみな、優しかった。こんな私でも仲間として扱ってくれて、自己肯定感を上げてくれた。


「トレヴァー、そろそろレイモンドが来ますよ」

「え、わかるのですか?」

「ええ。……ほら、来ました」


 庭園で団長と花壇の世話をしている最中に、ぽつりと言葉が紡がれた。そして、ぶわっと風が舞い上がり、思わず顔を庇うように腕を交差させ目を閉じる。風が止んでからそうっと目を開けると――あの日と変わらない、さらさらのアイスシルバーの髪に目を奪われる。


「よぉ、久しぶり!」

「れ、レイ……なの?」

「そういうお前はトレヴァーか? なんか、すっげーでかくなってんなぁ!」


 レイが私を見上げて軽く手を上げる。記憶にあるレイの面影を感じ、あのまま大人になったのだと思い、なぜか口角が上がった。


「約束通り、迎えに来たぜ!」


 ぐっと親指を立て、白い歯を見せる彼に、私は団長に顔を向ける。


「団長、私……」

「わかっているよ。元々、そのつもりだったからね」

「お、良かった、話が早い! って、団長だったのか!」

「今更だなぁ」


 あ、そうか。レイは彼が聖騎士団団長ということを知らないまま、神殿から去って行ったのだった。


「ふたりとも、こちらへ」


 団長は庭園の隅にある小屋に私たちを招き、椅子に座るように促(うなが)す。


 素直に座る私たちの前に立ち、「目を閉じなさい」と口にする。そっと目を閉じると、私の頭上にほわりと温かな光を感じた。


 覚えがある。団長の神力しんりょくだ。


「これから先、様々な困難が待っているでしょう。ですが、互いに助け合い、支え合うことで乗り越えられると信じています。――成人おめでとう、トレヴァー。一年遅くなりましたが、レイモンドも」


 ――祝福の言葉を聞き、顔を上げてしっかりとしたまなざしを団長に向ける。


「ありがとうございます、団長」

「一年後に祝福受けるって、不思議な感じだなー」


 感謝の言葉を伝える私と、くすぐったそうに笑うレイ。そんな私たちを、団長はあの日と同じように微笑ましそうに眺めていた。


「トレヴァー、聖騎士団を離れるのなら、挨拶をしてからにしなさい」

「はい、みんなにお世話になったので、お礼の言葉を伝えてからにします」


 団長は小さくうなずいた。椅子から立ち上がり、早速聖騎士団の寮に向かう。そして、お世話になった人たちに挨拶をしてから、荷物をまとめて神殿を出た。みんな、引き止めはしなかった。寂しくなるなぁ、と言ってくれる人は多かったけど、成人後に神殿を去るつもりだったことは話してあったので、あっさりとしたものだった。


「お世話になりました」


 団長の元に戻り、深々と頭を下げる。すると、彼は私の頭にぽんと手を乗せ、くしゃりと撫でた。


「大きくなりましたね、トレヴァー。レイモンドと一緒に、外の世界を楽しんでください。あなたは『聖騎士パラディン』としての誇りを胸に。女神はいつも、あなたたちを見守っていますよ」


 そっと自身の首元に手を添える。聖騎士団に入団したときに渡された、女神像のペンダントに触れて、こくりとうなずいてから神殿を離れる。


 神殿の正門を出て少し歩いたところで一度立ち止まり、振り返る。五歳の頃から十五年ほど過ごしていた神殿を見上げると、胸になにかが込み上げてきた。


 身体を神殿に向けて、丁寧に頭を下げる。今まで過ごしていた時間を思い出しながら。


「お別れは済んだかい?」


 頭を上げてレイに視線を移す。目元に浮かんだ涙を拭(ぬぐ)ってから、笑顔を浮かべる。


「うん、行こう。……ところで、冒険者ってどうやってなるの?」

「そこら辺はお前よりも一年早く成人した、レイモンドさまに任せなさーい」


 すっと手を差し出された。その手を取って、ぎゅっと握りしめる。彼の手は、あの人変わらずぽかぽかと温かくて、――やっぱり、太陽のようだった。


 そして、私たちは王都クレージュを目指すことになった。レイは手を離し、前を歩く。これからどんな冒険が待っているのか、胸を躍らせながら彼の背中を追う。


 一体どんな生活が待っているのかわからないけれど、レイと一緒ならきっと大丈夫だと思えた。


 これからの私たちの生活を想像し、前に進む。


 空は、雲ひとつない晴天で、私たちの門出を祝ってくれているようだった。

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