動き出す、歯車 6話
――五年前の東の丘。
狂暴化したドラゴンを退治するために集められた精鋭たち。その中に『カリマ』の創立メンバーがいたとは、知らなかった。
「ああ、確かに神殿からも支援隊が来ていたなぁ」
ぽんっと手を叩いて、ヴァージルさんが「あのとき、いたのか!」とこちらを見る。
「私は前線で戦っていないので、知らなくて当然ですよ。……私も、今日初めて知りましたしね」
ドラゴンと戦っていた精鋭たちと、ドラゴンの攻撃に負傷し、後退した人たち。その人たちを助けるために派遣された神殿の聖騎士たち。それが当時の私たちだ。
集められた聖騎士たちは、冒険者たちの治療に精を出し、聖騎士団のなかでもトップレベルの強さを誇る人たちは、ドラゴン退治に参加していたらしい。
「激戦だったと聞きました」
「……そうだな、まさに命がけの戦いだった」
珍しく、シアドアさんが口を開く。ローズさんも小さくうなずき、当時を思い返すように目元を細めた。
「そうねぇ。結局一斉攻撃で倒したから、誰がトドメを刺したのか、わからないままなのよね」
肩をすくめてから、紅茶を口にするローズさん。くーっと一気に飲み、「おかわりっ!」と元気よくコートニーさんに顔を向けた。
彼女が
「ところで、どうしてドラゴンは狂暴化したんですか?」
ジェレミーと同じパーティーのウォーレンが、手を上げて尋(たず)ねた。確かに、それは私も気になっていた。聖騎士団団長に聞いてみても、首を振るばかりで教えてもらえなかったから……なにか、理由があるのだろうか?
「……それがな、五年前のドラゴンの狂暴化は、未だに理由が解明されていないんだ」
「えっ?」
思わず、という後輩たちから声が上がる。私も驚いた。
東の丘に生息していたドラゴンは、とても穏やかな性格だったらしく、人間や魔物を襲うことはなかったと聞いている。そんな温厚な性格のドラゴンが、なぜ……?
「まぁ、いろいろ憶測はあったけど……ドラゴンと話せるわけじゃないから、真相は闇のまま」
ヴァージルさんが当時のことを思い返すように、目元を細めて緩やかに首を振る。
「狂暴化したドラゴンは、東の丘のドラゴンだけだったのですか?」
「今のところ。未来のことはわからないから、なんとも言えん」
「……これから狂暴化する可能性も、ありますからね」
想像してゾッとしたのか、ソニアが自分を抱きしめるようにぎゅっと二の腕を掴んだ。
「……ドラゴンって、どのくらいの大きさでした?」
「そうだな……この建物よりも、大きかったな」
エイブラムさんはじっくりと天井を見上げながら、口にする。ドラゴンを直接見たことがないから、あまり想像ができない。
聖騎士団で倒していた魔物は、ぐにゃぐにゃと動くスライムや、神殿で育てた作物を狙うイノシシのような魔物たちだ。他にもいろいろと倒してきたが、大型魔物よりは小型や中型が主だった。
「ひぇー、想像できない……」
「見たいような、見たくないような……」
それぞれの感想を呟き合う後輩たち。想像できないのは私だけではないようで、安堵の息を吐く。
「そういえば、レイは? 見たことある?」
ドラゴンの話には興味がないのか、レイは会話に参加していない。そのことに気付いて、声を掛けると「んー」と考えるように唸ってから後頭部に手を回した。
「ドラゴンよりやばいのは、見たことあるかも」
「えっ、ドラゴンよりも?」
一体どんな魔物を見たんだろうと思考を巡らせていると、レイは思い出したのを後悔したかのように表情を曇らせた。
「――魔塔って本当、いろんなヤツがいるんだよ……」
「一体なにを見たんだ、レイモンド」
「やばいやつ。ダークマターとしか言えない」
だ、ダークマター? 目を点にして、じっと彼を見る。それは、他の人たちも同じようで、興味はドラゴンからダークマターに逸れていく。
「レイモンドさんは魔塔に住んでいたんですよね、どんな場所だったんですか?」
デリアが興味津々とばかりに目を輝かせながら、レイに質問をする。彼は考えをまとめるように目を閉じて、「そうだなぁ」と言葉をこぼした。
「結構爆発することも多いから、人里離れたところにあったぜ」
「ば、爆発っ?」
ぎょっとしたように目を見開くデリア。
危険な場所で暮らしていたのだろうか……と、眉を下げて彼を見ると、安心させるように微笑んでひらひらと手を振っていた。
「日常茶飯事だったぜ? 一日に一回はあった。魔法の研究だし、危険なことも多かったからな」
「よく、無事だったね……?」
「オレが習ったのはまだ危険じゃない魔法だから。使い方を誤れば危険かもしれないけど、まぁ大丈夫」
エイブラムさんが眉間に皺を刻んで、レイを見る。きっと彼のことを心配しているのだろう。一年半の付き合いだが、なんとなくわかるようになってきた。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「ちゃんと自分の力量は把握してますー」
そう言い切って、レイは紅茶を飲む。
「そういや、前から疑問だったんだけど、よく魔塔から出られたな?」
ぽつりとヴァージルさんが言葉をこぼす。それにして、レイはにやりと口角を上げた。
「世渡り上手だから、オレ」
……世渡り上手だから、魔塔から出られた……のかな?
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