動き出す、歯車 7話
「まずさ、魔塔に入るやつって、大体目的があるんだよ」
レイが魔塔に入ったのは、彼が十歳の頃。十二年前のことを思い出しているのか、ゆっくりと言葉が紡がれる。
「目的、ですか?」
ウォーレンが首を傾げる。レイは彼に視線を移して、こくりとうなずいた。
「ああ。魔法が好きだから、研究したい。魔法を軽視するやつを見返したい……ただ単に、自分の考えに没頭したいやつもいたなぁ」
指折り数えていく姿を、ソニアがじっと見つめていた。その視線に気付いたのか、レイはパチンと指を鳴らす。すると、ふわりと真っ赤なバラが落ちてきた。
一輪一輪、全員に配るようにテーブルに置かれたバラは、棘がない。
「わぁ、きれい!」
真っ赤なバラを見て、女性たちがきゃあきゃあとはしゃぎだす。
「これはオレの得意な魔法。保管していたものを取り出して、こうして渡す」
「……攻撃魔法や補助魔法が得意じゃないの?」
確かになにかを保管するときはレイに頼む。それはギルドメンバーも同じだ。――でも、私はてっきり、レイが得意としているのは攻撃魔法や補助魔法だと思っていた。そういえば、得意なことに関しては一言『魔法』とだけ答えていたような……?
「魔法にもいろいろあるんですねぇ」
「そりゃあな。まぁ、それで……オレは魔塔でもいろんなところに顔を出していたんだよ」
「顔を出す?」
「そ。攻撃魔法が得意なところ、補助魔法が得意なところ……まずは自分の適性を知りたくてさ。三ヶ月ごとくらいに転々としていたら、いつの間にか――」
一度言葉を切り、にやりと口角を上げる。
「顔を出していたところ全部に、『ぜひ、ここで研究を!』って、求められたんだよ」
「え、すごいじゃないですか! 魔塔の人たちって、あまり自分の研究室に人を入れないって有名ですよ!」
興奮したように目を輝かせるのは、デリアだ。彼女も魔法を使えるので、様々な魔法を使えるレイのことを尊敬しているのだと、このギルドに加入直後、こっそりと教えてくれた。
「頭の固い人たちも多かったけど、逆に柔軟過ぎる人たちもいて、結構面白かったぜ」
懐かしい、とくつくつ肩を震わせるレイに、離れていた期間を思い出し、ほんの少しだけ切なくなった。
今はこうして一緒にいられるけれど、ヒーローのようなレイが魔塔に行ってから、心の中にすきま風が吹いて、ずっと空を見上げていたこともあったなぁ。
夜空に浮かぶきらめく星々や、まん丸の月を眺めながら、レイもこの空を見ているのかなって考えていた。……まぁ、すぐに同室の人にガシッと掴まれて……ベッドに戻されたんだけどね。
「楽しかった?」
ローズさんに問われて、彼は一瞬口を閉ざす。だがすぐに肩をすくめて頬を掻いた。
「どうだったかなぁ」
「覚えてないのか?」
意外そうに目を丸くシアドアさん。レイはもう一度パチンと指を鳴らすと、今度はピンク色の花弁が室内に舞い上がる。
「魔法を覚えるのに必死だったからなぁ。覚えられる魔法は全部覚えようと思って、何日も徹夜したこともあるし」
「レイが!?」
思わず、大きな声を上げてしまった。
「なんだよ、意外か?」
「う、うん。だって、レイは眠るのが趣味ってくらい、寝ていたから」
「だって神殿では、同じような毎日の繰り返しだったじゃん」
ははっと乾いた笑みを浮かべる姿に、レイと過ごしていた子どもの頃の記憶を呼び起こす。……確かに、大体同じルーティンだった。朝起きて、身支度を整えてから朝食、食べ終えたら子どもたちで遊びだし、たまに大人から頼まれた雑用――草刈りや食器の片付け、裁縫など――をこなす。
「トレヴァーは、神殿で暮らしていたときのほうが良かったか?」
そう問われて、神殿……聖騎士として、団長に連れられたときのことを思い出し、眉を下げる。
「元の家よりは良かったかな。聖騎士としてしっかりと働けたのも、レイとの約束があったからだし」
そうだ。ずっとレイに助けられてきた。子どものことからの付き合い。その関係性は今も続いているような気がする。でも、彼と離れ離れになった十一年間、一緒に冒険をする日を夢見てがんばれた。
「そういえば、トレヴァーさんを神殿まで迎えに行ったと聞いたのですが、本当ですか?」
ソニアがワクワクしたようにきらめく瞳をこちらに向けた。どんな返答を期待しているのやら、と眉を下げて微笑むと、レイが「まぁなー」と軽く答える。
「ずっと仲が良かったんですか?」
ウォーレンに
「内緒!」
声を揃えて同じ言葉を口にすると、一瞬みんなの動きが止まり、こちらをじぃっと見つめてくる。
「これはもう、昔から仲が良かったこと、確定でしょう」
「ええ、デリア。だってこんなに息ぴったりなんだものね」
こそこそとデリアとソニアが話している内容が、私の耳に届く。恐らく、レイの耳にも届いていることだろう。彼はにやにやと笑いながら彼女たちを眺め、「ご想像にお任せしまーす」と声を掛けた。
びくっと彼女らの肩が大きく跳ね上がり、自分たちの声が届いていたことに驚いたのか、目を丸くしていた。
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