動き出す、歯車 8話

「この建物にしたのは、理由があるんですか?」


 そういえば聞いたことがなかったな、と首を傾げる。すると、エイブラムさんは私を見てから口を開いた。


「そうだな……、ただ単に手頃だったから、だろうか」


 元は縦に長い建物のようで、三階まである。エイブラムさんとコートニーさんは、ここに住んでいる。そして、ギルドメンバーなら誰でも泊まれるように、きちんと客室も用意されている。


 キッチンの棚には人数分の食器やカップがずらりと並んでいて、宿屋に帰るまでの力がない場合、ここの客室で身体を休めることも。私やレイも、たまに使う。


「手頃……だったんですか……?」

「ああ。見た目よりも広いし、……あのドラゴンの像も入ったからな」


 ちらりとドラゴンの銅像に視線を移す。確かに、あの存在感のある銅像が入るって、すごいことだと思う。わざわざ『カリマ』に依頼しに来る人が、ドラゴンの銅像を見てびくっと身体を震わせていたことを思い出し、頬を掻いた。


「あれよりも、大きかったってことですよね」

「ああ。……懐かしいな」


 エイブラムさんはそのまま口を結んでしまった。じぃっとレイがこちらを見ていることに気付いて、「どうしたの?」と問いかける。


「昔のトレヴァーは……いや、今もあんまり変わらないか?」

「え、急にどうしたの」

「いや、なんか昔話をしたら初めて会ったときのことを思い出して。……やっぱりひよこに見えるな、今も」


 最初から、レイの中で私はひよこなのだろうか。今はもう、こんなに大きくなったのに?


「あ、それわかるかも! トレヴァーの髪って、ふわふわしているから。柔らかそうで良いなぁ」

「ローズの髪は硬くて真っ直ぐだもんなぁ。猪突猛進のお前にぴったりなんじゃないか?」


 からかうように、ヴァージルさんがローズさんのことを見ながら、自身の髪を軽く引っ張った。


「だーれが猪突猛進ですって? そんなこと言ったら、あんたはただの単細胞でしょ!」


 ああ、また始まった。こうなると長いんだよなぁ、と思いながら紅茶を口にする。


 口の中に広がる芳醇な香りと味わい。現実逃避をするように、紅茶の味を楽しむ私たち。


 ヴァージルさんとローズさん、それからシアドアさんは長い間一緒に冒険者としてパーティーを組んでいたらしい。


 だからこそ、こんな風にぽんぽんと言葉を言い合える仲のようだ。


「あんたは昔っからそう! なんでもかんでも力で解決させようとする!」

「はぁ? それはローズだってそうだろ! なぁ、シアドア! そう思うよな?」

「……はぁ」


 シアドアさんが大きなため息を吐く。そして、すっと立ち上がり、ヴァージルさんの頭をぺしっと平手打ちした。


「いった! なんで俺だけ!」

「お前もう三十歳だぞ。もう少し精神年齢大人になれ」


 呆れたようにヴァージルさんを見下ろすシアドアさん。「うっ」と言葉を詰まらせるのを見て、くすりとコートニーさんがほんの少しだけ口角を上げる。


「ローズ、お前もこいつの口車に乗せられるな。いつものことだろう」

「……いやまぁ、そうだけど。ムカつくのは仕方ないじゃない」


 唇を尖らせながら、両手の人差し指をちょんちょんと合わせる姿は、まるで拗ねた子どものようだ。


 女性の年齢は聞かないほうが良いと、聖騎士団に所属していたときに先輩方から聞いたことがある。


「成人しているんだぞ、お前たち」


 エイブラムさんが口を挟む。ヴァージルさんとローズさんは、バツが悪そうに視線を逸らした。


「このギルドには未成年もいるんだ。大人としての見本を彼らに示しなさい」


 厳しいけれども、優しさのこもった声。


 ふたりとも「はい」と素直に返事をして、ヴァージルさんがローズさんに対し謝罪し、頭を下げる。


 彼女は謝罪の言葉を受け入れた。ほんの少しだけ、ローズさんの目尻が下がっているような気がした。


「……というか、おれたち、かなりギルドメンバーのこと知りませんでしたね。おれらはまだそんなに長い付き合いじゃないけど……創立メンバーとレイモンドさんたちって、そういう話はしなかったんですか?」


 ウォーレンに問われて、みんなの表情を見るように視線を巡らせる。


「……確かに、過去のことって話してなかったよな?」

「レイモンドがギルドに加入したことで、いろいろあったからねぇ」

「い、いろいろ?」


 考えてみれば、私も例がこのギルドに加入したとき、どんなことがあったのか知らない。


 聞いたこともなかった。彼が神殿まで迎えに来てくれて、冒険者ギルド『カリマ』に所属することになった。


 ……レイが所属しているギルドだから、大丈夫。そう思って不安もなかった。


 彼はいつも私を引っ張ってくれる人だから、つい頼ってしまう。それが良いことなのか、悪いことなのか、自分では判断ができない。


「ひとりでも楽しそうに依頼をこなすレイモンドに憧れて、自分もひとりで大丈夫! と森に入った新米冒険者がボロボロになって帰ってきたこともあったな」


「あと、レイモンドを自分のギルドに入れようと、ギャンブルが始まったことも」

「だから、スカウトしたときに『ぜひぜひ、カリマに加入させて欲しい』と言いだしたときは、驚きました」


 創立メンバーたちがぽんぽんと言葉を紡いでいく。それを聞いた後輩たちは、目を丸くしていた。注目を集めたレイは紅茶を優雅に飲んでいる。


「そんなことあったっけー?」

「え、覚えてないの? ここに加入してからも、三ヶ月に一回は賭けられていたのよ!」


 ローズさんが困惑したように眉を下げて、拳を握りしめて当時のことを熱く語る。レイは目を閉じて、「あー……」となんとも言えない声を出し、それから「ああ!」と膝を打つ。


「そういや、どっかのギルドメンバーが有り金を使い込んだって話は、耳にしたかも?」


 私とパーティーを組む前だから、恐らく一年半以上前のこと。懸命に思い出そうとしているのか、腕を組んで「うーん」と眉間に皺を刻みながら唸るレイ。


「それ完璧にレイモンドさんを賭けたギャンブルで負けたのでは……?」


 ジェレミーが恐ろしいものを聞いたとばかりに、頭を左右に振って身震いしていた。

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