動き出す、歯車 9話

「あんまりギルメンの過去って聞いていなかったから、なんだか新鮮でした」


 ぽつりとデリアが言葉をこぼす。個人的な話はあまりしていなかった気がする。だからこそ、みんなの話が興味深かった。


 そう考えていると、ゴーン、ゴーン、と鐘の音が耳に届く。


「もう正午か。いろいろ話し込んでしまったな」


 エイブラムさんがゆっくりと息を吐き、椅子から立ち上がりギルドメンバーたちを見渡した。


「各々、聞き込み調査をするように。明日、またここに集まり情報を交換するとしよう」


 エイブラムさんの言葉に、全員がうなずいた。そして、それぞれギルドを出て、お昼ご飯を食べに行く。


 私とレイもギルドを出ようと玄関に向かう。出る前に、エイブラムさんに呼び止められた。


「トレヴァー、レイモンド。この事件が解決したら、少しの間休んで良いぞ」

「え、マジで?」

「良いのですか?」


 コートニーさんがエイブラムさんの隣に立ち、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「本来なら、今日から数日間の休みの予定でした。事件の協力要請はギルドメンバー全員が対象なので、あなた方には大変申し訳ないのですが……」


 くいっと眼鏡を動かしてから、コートニーさんはうつむいてしまった。受付嬢である彼女は、『カリマ』に来る依頼を厳選し、それぞれのパーティーにぴったりな仕事を与えてくれる。


 依頼とパーティーの相性をよく理解して、提案してくれるのだ。


 もちろん別の依頼を受けることもあるけれど、ほぼコートニーさんが振り分けているので、正直に言うと、とてもありがたい。


 私が対人戦に向いていないことを考慮して、魔物討伐の依頼やその他の依頼を振り分けてくれるから。


「事件を早期に解決できれば、お前たちの休暇も増えるかもしれんな」

「ほほう、最大何日?」

「そうだな……二週間くらいでどうだ?」


 ぴっと二本の指を立てるエイブラムさんに、レイがもう一度「マジで?」と目を丸くする。


「ああ。これを機にゆっくり休むと良い。休暇後は、いつものように働いてもらうがな」


 にやりと口角を上げるエイブラムさんに、私もこくりとうなずき、小さく頭を下げてからギルドをあとにする。レイは「二週間かぁ」と呟き、闘志に燃えた瞳でこちらを見た。


「さっさと片付けて、温泉でも行くか!」

「あ、良いね、温泉。のんびり浸かりたい」


 まだ事件を解決していないのに、レイはもう休暇の予定を立て始めた。だが、彼の提案はとても魅力的で、乗り気な言葉を返してしまう。


 王都から二週間以内に往復できる場所は限られている。だが、確かそのうちのひとつに温泉を名所にしている街があったはずだ。


「ここ最近、魔物討伐ばっかりやっていたからなぁ。そろそろ採取依頼もしたいところだな」


 レイが右手を左肩に置き、左腕をぐるぐると回しながらやりたいことを口にする。


「そうだね。でも、結局森の中で採取だろうから、運河悪ければ魔物にっちゃうんだよねぇ……」


 王都には結界があり、魔物は中に入れないようになっているので安全だ。……魔物に対しては、だけど。


「遠出すれば魔物以外にも盗賊やら山賊やら、わらわらと出てくるからな」

「あったねぇ」


 まだレイとパーティーを組んで間もない頃、盗賊なのか山賊なのかよくわからない人たちに森の中で襲われたことがある。


 そのときは、彼が魔法の輪? で縛り上げ、衛兵に渡したことを記憶している。呆れたような顔をしていたなぁ。その表情がとても印象的だった。


「そのうち金髪・銀髪コンビには近付くなって、伝えられたらしいぜ」

「えっ」


 どんなに人が多いと言っても、金髪と銀髪のコンビは私たちくらいしかない……はずだ。全部の冒険者ギルドを把握しているではないから、なんとも言えないのだけど。


「ど、どうして?」

「衛兵に突き出される可能性が高いから」


 そんな理由で?


 目をまたたかせていると、レイが足を止めた。


「とりあえず、腹減ったからルイス夫妻の宿屋に行こうぜ。腹を満たしてから調査開始だ!」

「うん!」


 レイがにっと白い歯を見せる。……その笑顔も、やっぱり幼い頃の面影があって、なんだか不思議な感じだ。


 ルイス夫妻の宿屋に戻るまでの間、レイといろいろな話をした。


 離れていた十一年間のことを、あまりたずねなかったのは、詮索だと感じてしまうんじゃないかと不安だったから。


 彼もそう思っていたのかな? 五歳の頃から四年。再会してから一年半。その計五年半と比べ、離れていた期間のほうが長い。


「今日の定食なにかなぁ」

「マイルズたちが作るのは、全部うまいけどな」

「そうなんだよね。だから、迷っちゃうんだ」


 メニューがたくさんあっても、二択でも、マイルズさんたちの作るご飯は美味しいから、つい悩んでしまう。そういうときは大体マイルズさんのお勧めを注文している。


「それにしても、レイを賭けてギャンブルってすごいね」

「ただギャンブルしたかっただけじゃないか?」

「絶対、そんなことないと思う。本気でレイをギルドに入れたかったんじゃないかな」


 止めていた足を再び動かし、歩き出す。どこでもレイは人気者なんだなぁと、しみじみ思った。

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