3章:進展

昼食

 ルイス夫妻の宿屋まで戻り、中に入るとメロディが弾むような足音を立てながら近付いてくる。


「お昼ご飯?」

「ああ、腹減ったからな」

「はーい」


 宿屋の中はいつもに増して賑やかだった。こんなに混んでいるの、珍しいなと辺りを見渡していると、「あっちの席、空いているよ!」とメロディが隅のテーブルを指す。


「ありがとう」

「いーえっ!」


 メロディはこの宿屋の看板娘だ。


 だから、こういう混雑している時間には自ら手伝っている。とはいえ、まだ九歳の女の子だから、手伝いといっても空いたテーブルを拭いたり、水の入ったグラスを運んだりと危険度が低いものなんだけどね。


 それでも、彼女は楽しそうにしているので、ここに来るお客さんたちは、そんなメロディのことを可愛がっていた。


「今日のお勧めはねぇ、こっちの定食だよ」


 私たちが隅のテーブルに移動し、椅子に座ると水の入ったグラスを持ち、そうっと歩いてくるメロディの姿が見えた。


 グラスをテーブルに置いて、お勧めのメニューを教えてくれる。きっとマイルズさんに教えられたのだろう。


「じゃあ、その定食にするか。トレヴァーは?」

「私も同じもので」

「はーい。じゃあ、少々お待ちくださいっ!」


 彼女は明るい笑顔を見せて、パタパタと去って行く。その姿を見ていると、なんだか心が和んだ。小さな子ががんばっている姿を見ると、応援したくなる。


「それにしても……メロディ、すっかり慣れたようだな」

「そうだね。最初の頃は、私たちのこと、怖がっていたようだし」


 宿屋を転々として、最初にこの宿に泊まると決めた日、メロディは私たちの姿を見て、一瞬硬直していた。


 ルイス夫妻の後ろに隠れて、うかがうように私たちを見ていたことを思い出し、小さく微笑む。


「あれからもう半年経っているんだよなぁ」

「月日が流れるのは早いね。とはいえ、依頼で部屋だけキープしている状態も多いけどね」

「それは仕方ない。冒険者だからな」


 依頼を受けて王都から出ることも多い。その間、部屋はキープ状態だ。その分のお金も支払ってはいるのだけど、なんだか申し訳なく思えてしまう。


 ルイス夫妻は優しくて、気にしなくて良いと言ってくれているけどね。


「はい、お待たせしました」


 私たちが注文した定食を運んできたのはケントさんだった。料理をテーブルに置き、心配そうに眉を下げて私たちを見る。


「今朝のこと、大丈夫だったかい?」


 声を潜めて聞かれ、私たちをこくりとうなずいた。


「『カリマ』にも衛兵から協力要請が来たからさ、絶対に犯人を捕まえてみせるよ」


 パシッと良い音を立てて、レイが右手の拳を左手の手のひらに叩きつける。その表情は険しく、疑われたことに対してはらわたが煮えくり返っているのだろう。


「まったくだ。半年の付き合いだが、お前らがそんなことをしないということは、ここにいる全員が理解していることだからな。しっかり食って、力をたくわえてくれ」


 ぐっと拳を握るケントさんに、レイは軽く右手の拳を上げる。コンっと互いの拳を合わせると、ふたりの視線が私に向けられる。


 私も拳を握り、ケントさんと軽く合わせる。満足そうにうなずくふたり。


 ケントさんは拳を離すと、仕事に戻った。レイは「冷める前に食おうぜ」と料理を食べ始める。


 ほかほかと湯気が見えるので、出来立てだ。彩り豊かな料理は、見た目も楽しませてくれる。良い匂いが鼻腔をくすぐり、食欲を刺激した。


 女神像を握り、目を閉じて祈りを捧げてから、フォークを手に取る。今日のサラダはポテトサラダだ。野菜がたっぷりと入っている。たまに、星型のにんじんが入っているので、メロディの好物だ。


 彼女はあまり野菜が好きではないようで、ルイス夫妻とマイルズさんがいろいろ話し合って試したらしい。見た目が可愛いと興味を引けるようで、それからポテトサラダやマカロニサラダを作るときは、にんじんを星形に切るようにしているらしい。


「美味しい」


「だな。料理のレベルが高いに、ここで働いているのが不思議だよなぁ」


 もっと給料の良いところに行けるんじゃ? とレイが小声で呟く。確かに、彼なら王宮の両人と紹介されても納得できる腕を持っている。……いや、王宮の料理がどんなものかは知らないけれど。


 牛肉と香味野菜……あと、確かパンチェッタなどと煮込んだソースを絡めたパスタを口にする。牛肉はほどよく食感を残していて、トマトの酸味と赤ワインの風味で見た目よりもさっぱりした味だ。


 コンソメスープは優しい味で、飲むとホッとする。


 どの料理もマイルズさんの力作だ。作っているところを見学させてもらったことがあるが、あまりの早業に目が点になった。


「この味なら、アイザックさんが惚れ込んで、弟子になることもわかるなぁ」

「……トレヴァーって料理できたか?」

「簡単なものならね。聖騎士団の遠征で、野宿することも多かったから。携帯食料だけでは、心が悲鳴をあげないようにって、先輩たちに教わったよ」


 最初に作った料理は、自分で言うのもなんだけど、とても酷かった。これを食べさせて良いのだろうかと悩むくらいには。


 先輩たちは『これからに期待』と言ってすべて食べてくれた。そこからだ、簡単な料理を、どうすれば美味しくできるようになるのかと、思考を巡らせるようになったのは。


 ――懐かしいなぁ。

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