動き出す、歯車 4話

 確かにコートニーさんの淹れるお茶は美味しい。十代の頃、メイドをしていたらしいが、なんやかんやでギルドの受付嬢をすることになったと、以前聞いたことがある。


「お世辞を言っても、なにも出ませんよ」


 くすっと笑うコートニーさん。お茶を淹れにキッチンへ向かった。


 冒険者ギルド『カリマ』の中は、なぜか貴族の邸宅もびっくりな内装になっていた。


 天井に吊り下がる照明はシャンデリアだし、大きなドラゴンの銅像が置かれているし、本当に外観からはわからないくらいだ。


「どうした?」

「や、初めてここに足を踏み入れたときのことを思い出して」


 懐かしくなってくすりと笑うと、レイは辺りを見渡して「ああ」とどこか納得したように呟く。


「レイは魔塔を出てからすぐに入ったんだっけ?」

「スカウトされてな」


 彼も懐かしんでいるのか、目元を細めて椅子に座った。


 そのタイミングで、コートニーさんが人数分の紅茶を用意して戻ってきた。


 視線で座るようにうながされる。


 私が座ったことを確認してから、コートニーさんが紅茶とお茶菓子を配る。エイブラムさん、レイ、私。最後に自分のカップをテーブルに置いて彼女も座った。


「では、戻って来るまで待ちましょうか」


 紅茶の入ったカップを持ち上げて、一口飲むコートニーさん。私たちも紅茶をいただくことにした。


 口の中に紅茶を含み、こくりと飲み込む。


 芳醇な紅茶の香りが口の中いっぱいに広がり、鼻から抜けていく感覚。紅茶がこんなに美味しい飲み物だと知ったのは、彼女が淹れた紅茶を飲んでからだ。


「美味しい」

「ありがとうございます」


 ぽつりとこぼれた言葉を拾われて、びくっと肩が跳ねた。


「トレヴァーは相変わらずだな。それでよく、魔物を倒せるよ」


 感心したようにエイブラムさんが紅茶を飲んでから、私を見る。


「魔物は聖騎士団に所属していたときに、イヤというほど相手をしてきましたから」


 魔物討伐と対人戦では、心構えが違う。もちろん、命を落とす可能性を考えれば、どちらも重いものだが……魔物は人間を害するから戦いやすい。


 人が人を害することもあるが、幸いなことにまだ一度も遭遇していない。訓練以外で対人戦をした記憶がなく、今も対人戦は苦手なままだ。


「魔物相手には鬼のように強いんだけどな」


 からかうような明るい声色。レイがテーブルに肘をつき、手を組んだ上に顎を乗せる。


「鬼って……」


 それは褒め言葉なのだろうかと悩んでしまう。


「あ、そうだ。昨日、森の中で 倒したスライムのコアです」


 ポケットの中から、スライムの核を取り出してテーブルに置いた。コートニーさんがカップをテーブルに置き、核をひとつ手に取り、じっと見つめる。


「……そのようですね」


 コートニーさんは鑑定魔法が使えるらしい。


 いろいろな特技を持っている人が、それぞれの目的に合ったギルドに所属し、活動しているようだ。


「スライムの核は、いつものように処理しますね」

「いつも悪いなー、でも助かるよ、正直。オレの名前で魔塔に送ると、面倒なことになるから」


 はぁ、と重くため息を吐いて、レイは目を伏せる。


「面倒なこと?」

「魔塔の連中が押しかけてくる!」


 苦々しく眉間に皺を刻む姿を見て、お茶菓子のフィナンシェを勧めた。甘い物を食べると、眉間の皺が少し良くなる。魔塔の人たちが押しかけてきたことがあったのか、エイブラムさんとコートニーさんが肩を震わせていた。


「以前、そんなことが?」

「ええ。レイモンドがギルドメンバーになった直後に」


 口元を隠すように手で覆うコートニーさん。当時を思い出したのか肩をすくめるエイブラムさん。一体、なにがあったのだろうかと考えていると、果物や野菜を置いてきたメンバーたちがぞろぞろと戻ってきた。


「あ、お茶飲んでる! 良いなぁ」

「みなさんの分も、すぐに用意しますよ」


 創立メンバーのひとりであるローズさんが、テーブルに置かれた紅茶に気付いて声を上げる。


 いつの間にか飲み終わっていたらしく、コートニーさんは立ち上がってキッチンに足を進めた。飲み終えた自分のカップを持って。そして、すぐに人数分の紅茶を用意して配り始める。


「はー、やっぱりコートニーのお茶が一番好き~っ!」


 早速ローズさんがお茶を飲んで、頬に手を添え満足そうに息を吐き、うっとりと目を閉じた。


「だな、コートニーのお茶を飲むために依頼をこなしていると言っても、過言ではない気がするぜ」


 ヴァージルさんがローズさんの言葉に、同意のうなずきを返す。


「ありがとうございます。お代わりが欲しい方は、声を掛けてくださいね」

「はーい」


 それぞれみんなが返事をし、コートニーさんも自分のお代わりを入れてきたようで、私たちがいるテーブルに戻ると椅子に座り、紅茶を口にしていた。


 みんながいろいろなこと伝え合い、和やかな雰囲気が流れるこの空間。とても心地良くて、なんだか心がほわほわとしてしまう。


「それにしても、うちも結構人が増えたなぁ。創立メンバー五人だったのに」


 メンバーの顔を見渡して、ヴァージルさんが言葉をこぼす。


「そういえば、創立の話を聞いたことありません!」


 ジェレミーが元気よく手を上げた。……そういえば、私も軽くしか聞いていないから、少し気になっていた。

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