動き出す、歯車 3話

 ギルドの中に入ると、ギルドメンバーたちの視線がこちらに集中する。公衆浴場で会ったジェレミーも、もうギルドに来ていたようで、目を丸くしてしまった。


「――来たか」


 芯のある重低音。ギルドマスターであるエイブラムさんが、椅子から立ち上がり、ずしずしと擬音が聞こえてきそうなほど、一歩一歩が大きく重い足音を立てながら近付いてくる。


「依頼は?」


 レイはすっと手のひらを表にして、魔法で保管していた依頼書と依頼終了書、それから村でいただいた果物や野菜などを取り出した。書類をエイブラムさんに渡すと、彼はそれに視線を落としてから私たちを見て、笑顔を見せる。


「ご苦労だった」

「へーい」


 右目に眼帯をしていて、少し強面こわもてに見えるが、とても優しい人だ。


「で、この果物と野菜は?」

「村の方々のご厚意で、いただきました」

「……相変わらず、お前たちが行けば依頼主からなにかをもらうな」


 どこか感心したように果物と野菜を見る。


「みんなで分けましょう」

「良いのか?」

「はい。良いよね、レイ?」

「オレらだけじゃ食い切れないからな」


 私たちの会話が聞こえていたのだろう。ギルドメンバーが近付いて、「本当にもらっていいの?」と期待で目を輝かせながら問われた。


 首を縦に動かすと、みんなでどれをもらおうかと話し合い始める。


「あ、レイの分は取っておかなくて良いの?」

「オレとお前の分は、ちゃんと取ってあるから、安心しろ」


 こそこそとレイに声を掛ける。返ってきた言葉に思わず目が点になった。彼の魔法は、本当に便利だなぁ。


「なんの騒ぎです、これは」


 ギルドメンバーたちが「これ美味しそう」、「この野菜、炒めると美味いんだよな」なんてワイワイと話していると、『カリマ』の受付嬢のコートニーさんが姿を現した。


「あら、トレヴァーさんにレイモンドさん。お帰りなさい。帰還早々、厄介ごとに巻き込まれているみたいですね?」


 コートニーさんは眼鏡をくいっと動かしてから、こちらをじっと見る。どうしてそれを? と首を捻ったが、すぐに彼女は情報通だったと思い出す。


 王都には様々なギルドがあり、ギルドには受付嬢がいる。ギルドの大きさによって受付嬢の人数も変わるらしい。


 私は『カリマ』しか知らないが、ここの受付嬢はコートニーさんただひとりだ。とはいえ、彼女ひとりでは大変だろうと、エイブラムさんも手伝っている。


「今朝の受付嬢会で、いろいろと耳にしました」


 なにも言ってはいなかったが、顔に出ていたのだろうか。私の疑問に答えるように、彼女が柔らかく微笑み、自身の耳をトントンと叩いた。


「そうだったんですね……」

「あ、そのことでギルドの協力が欲しいんだけど」


 すっとレイが手を上げて。ギルドメンバーの顔を見渡す。


「話してみろ」


 私とレイは顔を見合わせ、先程のことを話した。


◆◆◆


「な、なんだよそれっ! 初っ端から疑われるの、腹立つー!」


 ジェレミーが怒りに満ちたように顔を紅潮させ、拳を握りブルブルと震わせた。


「確かに。それはむかつく!」


 唇を尖らせているのは、ジェレミーとパーティーを組んでいるソニアだ。


「衛兵はお前たちのことを、どれだけ知っていた?」

「あまり知らないと思います。初めて見た衛兵でした」


 どんな人物だったのかを伝えると、エイブラムさんが重々しくため息を吐く。そして、目を閉じて平井に手を添える。


「そいつ、俺の知り合いだ。すまん、きつく言っておく」

「いえ、あの……お気になさらず。お仕事でしょうし」

「いや、きっちり言っておいて! 犯人捕まえたら突き出して謝罪させるから!」


 レイがぐわっと食い気味に声を上げる。相当腹立たしかったのだろう。おろおろとレイとエイブラムさんを見ていると、エイブラムさんがこくりと首を縦に振った。


「ああ、任せろ」


 パシンッと右手の拳を左手に打ち付ける。……一体、どんな話し合いになるのか、少しはらはらした。


「とりあえず、まずはその果物と野菜を各自持ち帰ってください。本日から、『カリマ』は休業です」

「休業?」

「ええ。先日の依頼で、ちょうど依頼を切らしまして。そのタイミングで、こちらが配布されました」


 ぴっと人差し指と中指で一通の手紙を挟み、ギルドメンバーを見渡すコートニーさん。


「それは?」

「本日の受付嬢会で配布された手紙です。どうぞ、ギルド長」


 両手に持ち直し、エイブラムさんに差し出す。


 彼は手紙を受け取り、懐からペーパーナイフを取り出して封を切る。入っていた手紙を取り出し、三つ折りにされていた手紙を広げて視線を落とし――


「ほう、やっと動き出すのか」


 と、言葉をこぼした。


「なにが書かれていたんですか?」


 冒険者ギルド『カリマ』の建設メンバーのひとりであるヴァージルさんが、エイブラムさんに問いかける。


「喜べ。捜査協力の依頼だ。……衛兵からの、な」


 にやりと口角を上げるエイブラムさんに、ギルドメンバー全員が顔を見合わせて、ぱぁっと表情を明るくした。


「いつからですか?」


 ギルドの最年少、デリアが首を傾げる。


「いつからでも良いみたいだ。各自、その果物と野菜を置いてこい。そして、またここに集合。――解散!」


 パンパンとエイブラムさんが手を叩くと、みんなそれぞれ果物と野菜を手にして、一度ギルドから出て行った。


 残されたのは私とレイ、それからエイブラムさんとコートニーさんの四人だけ。


「お茶を飲みますか?」

「お願いします」

「ラッキー。コートニーの淹れるお茶、うまいんだよな」

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