動き出す、歯車 2話

 衛兵の問いかけに、レイが不機嫌そうに息を吐く。


 彼らの間にバチバチと火花が散っているように見えた。


「お客さんたちは、わたしを助けてくれたんだよ!」


 剣呑な雰囲気を察したのか、宿屋の看板娘、メロディが衛兵とレイの間に割り込み、こちらを庇うように両腕を伸ばす。


「助けた?」


 ぴくりと衛兵の眉が跳ねる。そして、懐疑の視線をじとりと向け、むすりとした表情を浮かべた。両腕を組み、こちらを見る鋭い眼光のまま、彼女に視線を落とす。


「そうだよ! わたしが森で魔物に囲まれていたところを、助けてくれたの!」

「……なぜ、森に?」

「昨日、お父さんとお母さんの結婚記念日だったの! お祝いしたくて、お花を探しに行って……そしたら、魔物に囲まれて……」


 思い出しながら怖くなってしまったのだろう。ぷるぷると身体を震わせているのを見て、レイのローブから手を離し、彼女に近付いてしゃがみ込み、その細い肩に手を置いた。


「ありがとう、メロディ」

「トレヴァーさん……」


 うるっと涙を滲ませるのを見て、衛兵を見上げた。彼はなにかを探るような瞳で私を見ている。


「しかし、口裏を合わせている可能性もあるだろう」

「最初からオレらを疑うなんて、なーんかを感じるんだよなぁ」


 今まで黙っていたレイが、ぽつりと声をこぼす。そして、右手を腰に添えて首を傾げた。さらり、と彼の腰までアイスシルバーの髪が流れるのを見て、メロディがぽうっと恍惚の表情を浮かべた。


「そもそも、オレとトレヴァーは依頼で、先月末から昨日まで王都にいなかったぜ?」

「共犯者がいるかもしれないだろう」


 レイの機嫌が一気に急降下したのがわかった。彼は声を低くして、衛兵を睨む。


「オレらが犯人じゃなかったら、ちゃんと謝れよ。疑われて気分わりぃ!」


 ビシッと人差し指を衛兵に向け、レイが啖呵を切る。衛兵はすっと目を細めてレイを見つめた。


 ど、どうすれば……? 私が悩んでいると、衛兵がきびすを返して宿屋から出て行こうとする。ぴたりと足を止めて、一度振り返り、メロディに声を掛けた。


「ご両親の結婚記念日だったか。おめでとう」


 そう言い残して、衛兵は宿屋から去った。メロディはぽかんと口を開けて、「あ、ありがとう……?」と我に返ってから言葉を発したが、彼に届いたかはわからない。


 静寂が、宿屋の一階に広がる。コツコツと靴音を響かせて、ルイス夫妻が近付いてきた。メロディの肩から手を離し、ぽんっと軽く背中を押す。すると、彼女は両親に駆け寄った。


 ぎゅっと両親に抱きついて、身体を震わせている。


 メロディよりも背が高く、威圧感のある衛兵に対し、彼女は勇敢に立ち向かった。


 よくがんばった、とばかりに彼女の頭を撫でるルイス夫妻のことを並べて、そっと立ち上がった。


「それにしても、本当……、最初から疑ってきやがったよな」


 イライラしているのか、レイの言葉に棘があるように感じる。


「それだけ、衛兵たちも犯人を捜して疲れているってことじゃないかな……?」

「相変わらず平和な考えだな」


 呆れたように肩をすくめられた。


 今月に入ってからの事件。私たちは知らなかったけれど、きっと衛兵たちは神経をすり減らして犯人を捜しているだろう。


「ま、そこがトレヴァーの良いところでもあるんだけどさ。優しすぎておにーさんは心配になるよ」


 やれやれとばかりに首を左右に振るレイを見て、頬を軽く掻いた。


「でもまぁ、とりあえず――ギルドに行くか。情報共有もしたいしな」

「うん、ギルド長にも話しておかないとね」


 一階にいる人たちに「お騒がせしました、すみません」と頭を下げる。「気にするなよー」や「衛兵は頭が固いからなぁ」と、励ますような言葉をもらえた。


 昨日、ルイス夫妻の結婚記念日を共に祝った人たちの姿も見える。ルイス夫妻も、私たちの潔白を信じていると伝えてくれた。その言葉が、とても嬉しい。もう一度頭を下げてから、宿屋を出る。


「……ねえ、レイ。この宿屋の人たちは、私たちの潔白を信じてくれるんだね」

「半年もあれば、オレらの人柄も信用に値するってわかるんじゃないか?」

「そうなのかな? ……そうだと、いいな」


 彼と一緒に自分たちが所属している冒険者ギルド『カリマ』に向かう。なんだか、足元がふわふわとしているような感覚で……信じてくれている人がいるというのは、本当に心強いことなんだなぁと思えた。


 ギルドまでの道中、王都は賑わっていた。


 いろいろな人が住んでいるけれど、耳に入ってくる会話は事件の話ばかり。すれ違う人たちが話題にしているので、この事件の認知度はかなり高いのだろう。


「今月五人目の被害者なんだって」

「またズタボロにされてたんだろ? しかも今度は森で倒れていたらしいじゃん?」

「森は魔物がいるから、あのまま誰にも見つからなかったら……」

「うっわ、怖いこと言うなよ!」


 そんな会話が聞こえてきて、足を止める。話していた人たちの背中を追いかけるように視線を動かした。


「トレヴァー」

「あ、ごめん」

「気になるのはわかるけど、先にギルド」


 声を掛けられて視線を戻す。くいっと右手の親指をギルドのほうに向けるレイに、うなずいた。


 王都の一角。知る人ぞ知る場所に、冒険者ギルド『カリマ』はひっそりとある。


 見た目は冒険者ギルドというよりも、ただの民家だ。ただ、一度中に入ると――その外観からは想像できないほど、広いのだ。


 王都の中央通りから少し離れた場所。路地裏に近い場所。私たちが所属しているギルドを見上げる。


「じゃあ、まずは依頼の報告からだな」


 レイが私を見ながら確認するように口にする。こくりとうなずくと、彼は扉を開けた。

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