再度、コレクターのもとへ

 受付嬢のコートニーさんが選んだお菓子は、マドレーヌも絶品だった。たまごをふんだんに使っているのだろう、しっかりと味があり、程よい甘さで食べやすい。


 十代のジェレミーたちには少し、甘さが物足りないのではないかと考えていると、コートニーさんと視線が交わった。


「気に入ったようですね」

「あ、はい。好みの味です」

「オレもー」


 食べる手が止まらないようで、レイはパクパクと美味しそうにクッキーを食べている。


「……あの、コートニーさん。今、ユーバー・リヒという男性を探しているのですが、どうすれば良いと思いますか? まったく手掛かりが掴めなくて」

「……そうですね。私なら、コレクターのもとに行き、助言をもらうと思います。同じ趣味を持っているのでしょう? でしたら、きっとその人について一番詳しいのは……」


 確かに、現状だと一番詳しいのはあのコレクターだろう。あからさまにレイは眉根を寄せたけど、事件を解決するためにはもう一度会わないといけないようだ。


「また行くのか……」


 がっくりと肩を落とすレイ。すっかりコレクターのことを苦手になったようで、行きたくない、と顔に書いてある。


「まぁでも仕方ない……か。うん、仕方ないと思うしかない」


 ぶつぶつと呟いて、自分の気持ちに折り合いをつけているようだ。そして、コートニーさんが淹れたお茶をぐっと飲み、大きく息を吐いた。


「よし、仕方ないから、さっさと行くぞ」


 ガタンと椅子から立ち上がり、玄関に向かう。


「コートニーさん、ごちそうさまでした」

「いえ、お気をつけて」


 私も立ち上がり、彼の背中を追うように駆け足で玄関へ。後ろを振り返って彼女に声を掛ける。


 コートニーさんはこちらに顔を向けて、緩やかに首を振った。それを見てから、ギルドの外に出る。扉の前でレイが待っていてくれたようで、顔を見合わせてうなずき合い、再びコレクターの家に足を運んだ。


 コレクターは、私たちが再びここに来ることを予感していたのか、椅子の位置もあのままに待っていたようだ。


「見つかったかい?」

「いいえ、全然」


 レイを庇うように前に出て、私がコレクターと話す。


「そうかい。それで、わしになにか?」

「……どうすれば、ユーバー・リヒに会えますか?」

「そうだなぁ……一番簡単な方法は、おとり作戦だろう」

「囮って……、もしかして、か?」


 私の背中からひょいと顔を覗かせたのか、レイの髪を見たコレクターは満面の笑みを浮かべてうなずいた。


「そうさ! きみのように美しい髪を持っているのなら、ユーバー・リヒも姿を現すだろう!」

「なるほどね……確かにそれは、試してみる価値がありそうだ」

「レイ、なにを言っているの!?」


 コレクターの言葉に納得したようなレイに、慌てて後ろを振り返って彼の顔を見る。真顔だった。


 ――レイがこんな風に真顔になっているときは、もうすでに自分の心に従うと決めたときだ。


「ギルドに戻ってみんなと相談しようぜ。この方法なら、もう被害者が出ないかもしれない」


 ニヤリと口角を上げる姿を見て、私の心はざわざわと落ち着かない。自分が囮になるということは、危険な目に自ら飛び込む行為ではないのか、と思考が巡る。


「レイ、ちょっと待ってよ。危ないよ」

「危険度を下げる方法を、ギルドメンバーと模索するんだろー」


 心配性だなぁとからかうように私の肩を叩き、ぐっと手首を握ってコレクターの家から出る。


「いつでも髪を売ってくれー!」


 去って行く私たちに、コレクターが声を掛ける。それを無視するように、勢いよくレイが扉を閉めた。


 そして、そのままずんずんと歩き出す。ギルドに向かっているのだろう。


「ねえ、待ってよ、レイ! 危険だよ!」

「オレら、冒険者だぜ? 危険な目には結構な頻度でってたけど、五体満足でなんとかなってたじゃん。今回だってうまくいくって」


 彼は軽い口調で声を弾ませる。……私に心配を掛けさせないためだとは、重々承知している。しているけれど……やっぱり心配のほうが勝つ。


「今回は歪んだ感情を持っている人が相手だよ? レイに万が一のことがあったら……怖いよ」

「お前、オレの魔法の腕を知ってるだろー?」

「だって、魔法が効かないかもしれないじゃないか」


 確かにレイの魔法はすごい。すごいけれど、もしもユーバー・リヒに魔法耐性があったら?


 レイが剣を握っているところなんて見たことがないから、対人戦になったら危険だと思う。


 対人戦を苦手に思う私のことを考えて、レイは自らの手で捕まえようとしているのかもしれない。


 ――そう考えると、なんだかとても、自分のことが情けなくなった。


 ぴたりと足を止めると、レイの足も止まる。私のことを引っ張れないからだろう。


「相手がわからないのに、囮になるなんて、やっぱり危険だよ」

「でも、これ以上被害者を増やしたくない。犯人を捕まえたら休暇が待っているんだぜ? さっさと捕まえて、さっさと休暇を満喫しようじゃないか!」


 レイがわざと明るく笑う。……ああ、本当に自分が情けない。彼は自らを囮にして、事件を解決させようとしているのに、私は対人戦になるのを恐れている。


 それと同時に、レイが傷つけられる可能性があると思うと、血の気が引いた。

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