人探し

「ギルドに戻りがてら、また聞き込むか」

「そうだね。ひとりくらいは知っている人がいるかもしれないし」


 それにしても、衛兵の視線がさっきからチクチクと刺さっている気がする。レイもそうなのか、居心地が悪そうだ。


 彼らの視線を振り払うように、早足でいつも暮らしているエリアに戻る。追ってはこないから、ただ単に監視していただけみたい。


「とりあえず、ギルドメンバーに招集をかけるか」

「みんな、すぐに来てくれるといいけれど」


 早足で王都を歩きながら、レイがパチンと指を鳴らす。すると、小さな蝶が現れ、ふわふわと飛んでいく。あの蝶は連絡係だ。それぞれのギルドメンバーのもとに飛んでいき、言付けを伝えてくれる。


「オレらはギルドに戻るぞ」

「うん」


 戻るまでの間、すれ違った人たちにユーバー・リヒについてたずねてみたが、全員知らなかったようで首を横に振るばかり。結構な人数に話しかけていたから……ひとりくらい、知っている人がいてもおかしくないと思っていた。だが、それは甘かったようだ。


「ここまで情報なしってことは、偽名の可能性があるよな」

「確かに……そうなると、見つけるのは困難かもしれないね」


 どうにかして話を聞かないといけない。しかし、情報がまったく得られていないから、難しい。


「メンバーたちがどんな情報を得ているか、に賭けるか」


 そんな会話をしているうちに、冒険者ギルド『カリマ』まで戻ってきた。


 扉を開けて中に入ると、人の姿はなく……代わりに、レイが送った蝶がふわふわと飛んでいた。彼がそっと手のひらを上にすると、蝶は手のひらに乗り、ぱっと消える。


「……目新しい情報はなさそうだな。なら、もうちょっと人探しするかぁ」

「その前に、お茶を一杯いかがですか?」


 背後から声を掛けられて、私たちはビクッと肩を跳ね上げた。


「ちょうど、新しい茶葉を仕入れてきたところなんです」

「そ、そうか。じゃあ一杯もらおうかな。お前は?」

「お、お願いします」


 後ろを振り返り、紙袋を持っているコートニーさんの姿を視界に入れてから声を掛けると、彼女はにこりと微笑みを浮かべて「お任せください」と私たちの間を通り抜け、キッチンに足を運ぶ。


「……絶対に前職、ただのメイドじゃないよな……」

「気配を感じなかったね……」


 注意散漫だった可能性はあるけれど、コートニーさんは気配を消すのがうまいと以前から感じていた。


 彼女の前職はメイドのはずなので、気配を消す必要性がわからない。……昨今のメイドには、気配を消す訓練でもしているのだろうか?


「お待たせしました。お茶菓子も用意しましたよ」

「ありがとうございます」

「お、やった。糖分補給、糖分補給」


 コートニーさんがお茶とお茶菓子を乗せたトレーを持って戻ってきた。いつも私たちが座っている場所に置き、カップをそれぞれの定位置に置く。


「このマドレーヌやクッキーは、買ったのか?」

「ええ。最近オープンしたケーキ屋さんがあるのですが、そこはケーキだけではなく、こういう焼き菓子も絶品でして……」

「コートニーさんが気に入るくらいだから、きっと美味しいんだね」


 彼女の味覚はギルドメンバー全員が認めている。お茶を淹れるのも上手だし、美味しいお茶菓子を用意してくれるし、肉体的疲労や精神的疲労で疲れ切ったとき、本当に助かっている。


 きっと、これからもお世話になるだろう。


 あのコレクターもお茶菓子を出していたけれど、結局手を付けることなくギルドまで戻ってきてしまった。


「あー、やっぱりコートニーの淹れたお茶が一番うまい」


 レイが椅子に座り、彼女の淹れたお茶を飲む。あれほどぐいぐいと迫られたことはないだろうから……疲れたんだと思う。


「ありがとうございます。コレクターには会えましたか?」

「ええ、なんとか。それで、こんなことが起きたのですが――」


 コートニーさんに意見を求めるため、なにがあったかのかを説明すると、彼女は目を点にしてからレイへ「お疲れさまでした」と労りの言葉を掛けた。


「あれだけぐいぐい来られると、ちょっと……いや、かなりきついものがあるぜ……」


 どこかげっそりとしているレイの様子。励ますように彼の肩をぽんぽんと叩くと、イヤそうな表情を浮かべながらも黙ってクッキーに手を伸ばし、一口で食べる。


 サクサクとした音が聞こえ、目を大きく見開いてクッキーを見つめて、もう一枚手に取った。


「なんだこれ、今まで食べたクッキーの中で、一番うまい」

「え? 本当?」


 レイがそこまで絶賛するクッキーとは、と手を伸ばして一枚つまみ、ぱくりと食べる。サクサクとした食感と、ほろほろと崩れ落ちる感覚。あまり食べたことのない種類のクッキーだ。


 濃厚なバターな風味が口に残る。コートニーさんが淹れた紅茶を飲むと、口内がさっぱりとして、とても良い相性だと感じる。


「とても美味しいです」

「それは良かったです。しばらく、あのケーキ屋さんに通って仕入れようと思います」


 じゃあ、これからはいつでも美味しい焼き菓子が味わえるのか。


 神殿にいたときはあまり食べられなかった甘味は、とても魅力的に思えた。

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