思い当たる節

「ああ、やはり素晴らしい。艶のある髪が真っ直ぐに伸びて、サラサラと音が聞こえるようだ。わしの髪はご覧の通り、恐ろしく癖毛だろう? きみのように真っ直ぐの髪に憧れているんだ」


 段々と早口になっていくコレクターに、レイはとってもイヤそうな顔をし、それから数歩下がった。そのことがショックだったのか、しょんぼりと肩を落とすのを見て、ぽんぽんと置いていた手を動かす。


「あの、事件についてなにか思い当たることはありませんか?」

「……まぁ、思い当たる節はある」

「えっ」


 意外だった。もしかして、彼と同じような趣味を持つ人が……?


「まぁ、せっかくだから、お茶でも飲んでいってくれ」


 声色が確実に優しくなったのは感じ取り、私は彼の肩から手を離した。


 コレクターはそのまま家の奥に向かい、数分後、お茶とお茶菓子をトレーに乗せて戻ってくる。


「適当に座ってくれ」


 ちらりとレイの様子を見ると、近くの椅子を引っ張り、コレクターから距離を取った場所に椅子を置きすとんと座った。……警戒しているのだろう。


 私はレイとコレクターの中間になるところに椅子を置き、座ることにした。コレクターは残念そうに肩を落としていたけれど、あの勢いで迫れば誰でも逃げるんじゃないかな?


「すまんが、渡してくれ……」


 自分からは受け取らないと考えたのか、カップを渡された。ふわりとりんごに似た甘い香りが漂う。確か……カモミールティー、だったかな?


「はい、レイ」

「……ああ」


 カップを受け取り、じっと中身を見つめる。彼のガーネットのような赤い瞳がほっとしたように細められた。


「飲んでも大丈夫そうだな」

「なにも入れてないよ。ただのハーブティーだ。興奮して抑えきれず、ぐいぐい迫ってしまったからな」


 カモミールティーは確か、リラックス効果があるとコートニーさんから聞いたことがある。自分の精神を落ち着かせるために、淹れたのかもしれないな。


「ああ、はちみつは入れた。甘いほうが好みでな」

「なんだかとってもホッとしそうな味ですね」


 私にも渡してくれたので、こくりと一口飲んでみる。はちみつの甘さを感じるが、スッキリとした味わいで飲みやすい。


「んで、その思い当たる節って?」

「わしと同じ趣味を持つ者がいてな。そいつはなんというか、目的のために手段を問わないヤツだから、事件を起こしても不思議ではないかもしれん」


 淡々とした口調だった。……というか、本当に同じ趣味を持つ人がいたのかと、目を丸くする。きれいな髪を集めてどうするのだろう? 眺めるくらいしか思い浮かばない。


「そのことを、衛兵には……?」

「一応、伝えている」


 なら、恐らく衛兵もその人を探しているだろう。


「どんな人なんですか、その人?」

「そうだなぁ。結構ガタイの良いヤツでな。強そうというか。髪を愛する同士ではあるが、なかなか変人ではあるな」

「えっ」


 思わず声が出た。レイは気にしていないのか、それとも予想通りだったのか、冷静にカモミールティーを一口飲んでから、無言で話をうながした。


 コレクターはその人のことについて、語り出す。


「ユーバー・リヒという名でな。年齢は恐らく三十代前半。スキンヘッドでガタイが良く、ちっと歪んだ感情を持っている、らしい」

「らしい、なのですか?」


 言い切らないのは、それが本当かどうか自分でもわからないからだろう。同じ趣味を持った相手だから、悪く思いたくないという心理も、あるのかもしれない。


「ああ、どんな風に歪んでいるかは話さなかったからな」

「ふぅん。ユーバー・リヒね。……聞いたことねェや」

「私も知らない」


 初めて耳にする名前。思い当たる人もいないく、うーんと唸っていると、レイがぐっとカモミールティーを一気に飲んで立ち上がる。


「とりあえず、探してみようぜ。衛兵たちが見つける前に、話をしてみないと」

「そうだね、えっと、ごちそうさまでした」


 私もカモミールティーを飲み干す。はちみつの甘さが、舌に残った。


「なんだ、もう行ってしまうのか。ああ、眼福が去っていく……」

「自分が集めた髪の毛でも眺めてろって」


 呆れたように息を吐くレイ。


 私はコレクターに頭を下げ、玄関に向かうレイに続く。


「あいつの気性は荒いから、気をつけるんだよ」

「ご忠告、どーも」


 玄関の扉を開けるために手を掛けたレイの背中に、コレクターが言葉を掛ける。……気性が荒い人なのか……と、少し不安になりつつも、気合を入れるように深呼吸をした。


 これ以上の被害者は出て欲しくないし、早く解決したい。


 コレクターの家を出て、扉を閉める。


「さて、どこから探そうか」

「うーん、とりあえずここら辺の人たちに聞き込み、かな。スキンヘッドで体格が良く、気性の荒い人……ってことだからすぐ見つかるんじゃない?」

「……だと、良いけど」


 レイの言葉のトーンが低い。


 とりあえず、このままここで突っ立っているわけにもいかないから、歩き出す。


 衛兵たちの視線を感じながらも、先程聞いた人を探すためにいろいろな人に話しかけて聞き込み調査をした。


 ……だが、ユーバー・リヒという人物について、誰も知らないようで、首を左右に振られる。


 ここら辺に住んでいるわけではないようだ。

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