コレクター

 昨日決めた二点を伝える。


 歪んだ感情を持っていそうだとレイが話すと、みんな複雑そうな表情を浮かべていた。


「そうか……」

「あまり関わり合いになりたくない人ですね、犯人」

「それはそう。でも、解決しないと安心できない」


 ヴァージルさんが緩やかに首を振り、後頭部で手を組み、ため息を吐く。


「あの、とりあえず私たちがそのコレクター? に話を聞きに行っても良いですか? 五人目の被害者に会ったのは私たちだけですし、どんな人なのかも見てみたいので」


 すっと手を上げて辺りを見渡す。みんな新庄名表情を浮かべて少しの間パーティー内で話し合いが始まり、すぐに話がまとまったようだ。


「俺らのパーティーは賛成。実際に被害者を見たトレヴァーとレイモンドのほうが、犯人かどうか判断しやすいだろうし」

「こっちも賛成です。ついでにもっと情報を集めてみたいので、今日も聞き取り調査をする予定です」


 ヴァージルさんとジェレミーが、手を上げて意見を口にする。レイを見ると、こちらに視線を向けて小さくうなずいた。それぞれの予定が決まったところで、カップに手を伸ばてこくりとお茶を飲む。


「今日の予定がそれぞれできたな。では、今日も各々調査をするように。解散!」


 パンっと両手を叩いて、エイブラムさんが話を締める。私たちはそれぞれ、ぬるくなったお茶を一気に飲み込み、各自ギルドをあとにした。


 私とレイは先程の宣言通り、『きれいな髪を集めているコレクター』に会うため、貴族と平民の境界線に向かう。平民とはいえ、貴族との境界線に近い人たちは、それなりに裕福な人たちが暮らしているらしい。


「どんな人だろうね」

「さぁー? ……変人なんじゃないか? たぶん」


 隣を歩くレイに声を掛けると、彼はあまり関心がないようで答えが適当だった。こういうときの彼は、なにかを考えているから思考の邪魔にならないように口を閉じる。


 それにしても、貴族のエリアに近付くたびに、どんどん建物が豪華になっていくような……?


 衛兵の姿も、私たちが暮らすエリイアよりも多い。じろじろとこちらを見る衛兵の視線を感じながら、真っ直ぐに背筋を伸ばして歩く。こういうときは、胸を張ったほうがいいと以前、聖騎士団団長に聞いたとこがある。


 ――やましいことなにもしていないと誓えるなら、胸を張りなさい――。


 そう教えられたことを思い出し、懐かしさを感じた。いつも厳しく、そして優しく指導してくれた人だ。


「あ、ここかな」


 ぴたりと足を止めると、レイも止まる。とある民家を見上げると、とてもわかりやすく『きれいな髪、買い取ります』と看板に書かれている。


「民家なのか、店なのか……」

「どっちだろうね……」


 ぽそぽそと小声で言葉を交わしながら、玄関の前に立っていると衛兵たちの視線が鋭くなったような気がした。


「とりあえず、行くか」


 レイが一歩足を踏み出し、玄関の扉に触れる。鍵は掛かっていないようで、ギィと小さな音を立てて開く。


 カラン、と来客を告げる鈴の音が鳴り、奥からひょろひょろとやせ細った男性が顔を見せる。瓶底眼鏡に爆発したような毛髪の人で、この人がコレクター? と目を丸くした。


「いらっしゃい……おや、おやおやおや?」


 男性は瓶底眼鏡のつるを親指と人差し指でつまみ、レイの髪をじぃっと見つめてほぅ、と息を吐いた。


「なんて美しいアイスシルバーの髪! 少し動いただけでサラサラだと言うことがわかる! しかも痛んでいない! ああ、とても素晴らしい髪だ……! その髪を売るために来てくれたのかい? 嬉しいよ!」

「ちょっと黙れ」


 パチン、とレイが指を鳴らした。あまりにも大きな声で……というか、興奮したように彼の髪を褒め称えたコレクターは、魔法で口を無理矢理塞がれ、ふごふごとなにを言っているのかわからない。


「レイ、このままだと話が聞けないよ」

「だってこいつ、絶対メンドイぞ」

「……それはまぁ、確かにそう思うけど」


 ちらりとコレクターに視線を向けると、きらきらと目を輝かせながらアイスブルーの髪を見て、恍惚の表情を浮かべている。どうしようかと悩んでいると、もう一度パチンと指を鳴らして魔法を解く。


「ぷはぁっ! 美しい髪の人にやられるなら本望ですが、賛美の言葉を伝えられないのは苦痛の極み! あなたのような美しい髪を持つ人がこの王都にいるとは! 貴族ですか? 平民ですか? どのくらいの長さを売りますか!?」


「なぁ、こいつぶん殴っていい?」

「話を聞きに来たんだから、暴力沙汰はやめようね……」


 でも、ちょっとだけレイの気持ちもわかる。早口でまくし立てられると、勢いに負けそうになるし。ずいずいと彼に近付いてくるコレクターから庇うように、前に立った。


「あの、我々は冒険者ギルド『カリマ』に所属するものです。少し、お聞きしたいことがあるのですが……」


 ……初めて、レイよりも背が高くて良かったと思えた。私の背中に彼を隠しながらコレクターに話しかけると、後ろにいるレイを見たいのか、なぜか悔しそうに唇を噛み締めて私を見た。


「一体なにを聞きたい?」

「今月から起きている事件について、です。どうやら美男美女……さらに言えば、きれいな髪を持つ人が狙われているらしいのです」

「なんだ、衛兵と同じでわしが犯人だと?」


 あからさまに態度が変わった。……疑われると気分悪くなるよね、ごめんなさい。心の中で謝罪しながら、首を左右に振る。


「……いえ。犯人は恐らく、あなたよりも体格の良い人でしょう。というか、衛兵と同じって?」

「あいつらな、わしが綺麗な髪を集めているから、思いっきり疑ってきてな……」


 大きくため息を吐く姿を見て、眉を下げる。どうやら衛兵が疑っているのは、私たちではなかったようだ。そっと手を伸ばして、コレクターの肩に触れる。


 見た目通り、とても細い。あの男性を襲い、首を絞めるほどの力があるとは思えない。


「わたしたちも衛兵に疑われているのです。森の中から急いで王都に向かった、という理由で」

「衛兵の目は節穴か? と問いたくなるよなぁ。わしはただ、きれいな髪が好きなだけ。だからといって、人を襲う趣味はないぞ。第一、非力だからなぁ、見ての通り」


 私たちも疑われたことを知り、態度が軟化した。肩に置いた私の手に、彼がぽんぽんと労わるように触れた。


「それよりも! 後ろに隠している男性の髪を、もう一度見せてくれんか。あんなにきれいな髪、この目に焼き付けんと後悔する!」

「……レイ、どうする?」

「暴走しないと約束するなら、良いけど」

「するっ!」


 食い気味だ。それだけ、レイの髪を見たいのだろう。私は少し考えて、コレクターから手を離し、彼の背後に回って両肩に手を置いた。しっかり押さえていれば、レイにぐいぐい行くことはないだろう。

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