休憩

 第二の人生、か。


 ある意味、神殿で暮らすことになった五歳頃の自分も、大事の人生を歩み始めていたのかもしれない。そう考えると、少し前向きになれるような気がした。


「って、話が脱線したな。どう説明するのかまとめようぜ」

「そうだね。えーと、じゃあ……」


 被害者男性の恋人が貴族であることから、どんどんと話題が逸れていってしまった。


 私たちが得た情報をどこまで話して、どこまで伏せるべきなのかを話し合い、結局ギルドメンバーに話すのは犯人が恐らく男性であること、歪んだ感情を持っていることの二点にした。


 男性の恋人が貴族であることは伝えなくても良いだろう。ついでに、私が回復魔法で彼を治したことも。病院での出来事を話すと、心配を掛けてしまうだろうし。


 レイにも言わないで欲しいとお願いした。返事はなかったけれど、たぶん大丈夫……だと思いたい。


「話がまとまったところで、食事にするか。今日は消化に良いものにしろよ」

「そうするよ」


 正直、まだ少し力が入らないので、今日は食べ終わったらすぐに休むことにしよう。そう決めて、レイの部屋から一階に移動する。


 一階は賑わっていた。いろいろな人たちの声が耳に届き、ルイス夫妻やメロディ、マイルズさんにアイザックさんの声も聞こえた。


 近くの人たちが食べに来ているのだろう。相変わらず混むなぁと感心していると、キャスリンさんが私たちに気付き、「あら」と笑顔を見せた。


「お食事?」

「はい。えっと、リゾットってありますか?」

「ええ。……メロディから聞いたけど、体調悪いんですって? 大丈夫?」


 ああ、やっぱりメロディから伝えられていた。眉を下げてうなずくと、キャスリンさんはホッとしたように息を吐き、空いている席に案内してくれた。


「あ、おれはお勧めで」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 椅子に座ってからレイが注文すると、キャスリンさんはにこやかにキッチンに向かう。


 十分も経たないうちに料理が運ばれてきた。ほかほかと湯気が見える優しい赤色のリゾット。さっき、メロディが買ってきたトマトが使われているのだろう。


 首元の女神像を握り、祈りを捧げてからスプーンを手にする。一口食べると、優しい味が口の中に広がった。


 ご飯は柔らかく、喉越しが良い。トマトの酸味と刻み込まれた野菜たちの甘みを感じる。


「ゆっくり食えよ」

「うん」


 じっくりと味わいながらリゾットを食べる。ほんのりとショウガの味もするから、身体がぽかぽかと温まりそうだ。


 ちなみにレイの分はポークソテーだった。マイルズさんの料理はどれも美味しいから、今度注文しよう。


 リゾットをすべて食べ終えてから、二階に向かおうと立ち上がる。


「じゃあ、私は先に休むね」

「ああ。明日はギルドに行くから、ちゃんと身体を休ませろよ」

「レイもね」

「あ、そうだ」


 パシッと私の手首を掴んで、パチンと指を鳴らす。


「もう良いぞ」

「あ、ありがとう」


 魔法で髪や身体、服まで綺麗にしてくれたようだ。ぱっと手首を離して、私の言葉に軽く手を振った。


 二階に上がり、借りている部屋の扉を開ける。服を着替えてから女神像のペンダントを外し、窓辺まで移動して祈りを捧げてから、ナイトテーブルにペンダントを置く。


 ベッドに潜り込み、目を閉じるとあっという間に眠りに落ちた。


◆◆◆


 ――次に目を開けたら、朝だった。


 起き上がりぐっと背筋を伸ばすと、なんだか身体が軽くなったような気がする。すっきりと目覚めることができたし、神力しんりょくも満ちているのを感じて胸を撫でおろす。


 今日は冒険者ギルドで情報交換だ。


 ナイトテーブルに置いたペンダントを手にし、身につける。身支度を整えてから部屋を出ると、メロディが廊下を歩いていた。


「あ、おはようございます!」

「おはよう」


 明るい笑顔で挨拶をされた。挨拶を返すと、彼女は私の前で立ち止まり、じぃっと見つめて口を開く。


「具合、良くなった?」

「うん。心配してくれてありがとう。もうすっかり良くなったよ」

「良かったぁ! 元気なのが一番だもんね!」


 ぱぁっと目を輝かせて、彼女は心底安堵したように柔らかく微笑む。心配を掛けてしまったことが申し訳なく、同時に優しい子だなぁとしみじみ思った。


 お礼の気持ちを込めて、彼女と視線を合わせるためにしゃがみ、手を伸ばす。そっと頭を撫でると、彼女は くすぐったそうにしながらも、「もっと撫でて」とばかりに手のひらに頭を押し付けてくる。


 まるで猫のような仕草に、ふふっと笑みがこぼれた。


「あ、わたし、廊下の花瓶の水を交換するんだった!」

「それ、私がやるよ」

「ううん、大丈夫! わたし、もう九歳だもん!」


 彼女の頭から手を離すと、ぱたぱたと足音を立てながら、廊下の突き当りにある窓辺の花瓶を手に取る。ぐっとつま先立ちになり、背筋と腕を伸ばして花瓶を取る姿を見守っていると、レイの部屋の扉が開いた。


「……なにやってんだ、お前」

「メロディを見守ってた」


 レイは私が見ているほうに視線を動かし、納得したように「ああ」と言葉をこぼす。


「あ、おはようございます!」

「おはよー。朝から手伝いなんてえらいな」

「えへへ」


 褒められたことで、メロディの頬がぽっと赤く染まる。レイは彼女に近付いてぽんぽんと彼女の頭を撫でてからこちらを振り返り、「行こうぜ」と声を掛けた。

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