回復魔法

「出会いはひょんなことからでした。ですが、互いに惹かれ合い、恋人になりました。貴族と平民……大っぴらに会うわけにもいかず、人目を避けて逢瀬を重ねる必要があり、その……昨夜も、彼女と約束をして、森の近くで……」


 ぽっと頬を赤らめる姿を見て、「気持ちわりぃ!」彼の友人が頭を叩く。叩かれた場所を手でさすりながら、ぎろりと友人を睨んでいる姿に、「まぁまぁ」と止めに入った。


「えーっと、それで……思う存分いちゃいちゃしたあと、王都に戻ろうと森を歩いていたんです。そのとき――いきなり殴られて。痛みで動けなくなってしまって……」


 思い出したことでぞくりと悪寒が走ったのか、彼は身震いして、血の気の引いた顔を見せる。


「草むらに倒れ込んで……そのままぼこぼこに殴られました。首を絞められたときに、なんでって……言葉にはならなかったんですけど、口にしたら、『痛みに歪む顔が、一番きれいだからだよ』って」

「うえぇぇ……」


 彼の友人が両手で耳を塞いだ。そして、そのまま頭を横に振る。イヤなことを聞いた、とばかりに。


「そのあと意識を失って――気付いたら自慢の髪までこんなことに!」


 わっと顔を両手で覆い、泣きだした彼に、なんて声を掛ければ良いのだろうかとオロオロしていると、レイが彼に問いかける。


「そいつの顔、見えたか?」


 緩やかに首を左右に振るのが見えた。


「なら、性別は? 男か女かくらいは、わかるか?」

「……たぶん、男……だったと思います。女性とは思えない力の強さに、体格だったので……。――あ、それともうひとつ。『コレクションが増えた』と言っていたと思います」


 コレクション? と彼の姿を見る。先程までの痛々しさは回復魔法のおかげでなくなったが、ズタズタに切られた髪はそのままだ。


「そっか。ご協力、感謝。ゆっくり休んで、髪を切り揃えたら、恋人にちゃんと会いに行けよ」

「あ、ああ。……話したら、なんだか気が楽になったよ、ありがとう」

「いえ……恐らく、衛兵も話を聞きに来ると思います」


 彼はこくりとうなずいた。レイはパチンと指を鳴らす。すると、彼の目の間に果物が現れる。


「お大事に」


 思わず、というように受け取る男性を見て、ひらりと手を振る。そして、病室を去って行くのを見て、慌てて追いかけた。病室から出る前に、「ご協力、ありがとうございました!」と声を掛ける。被害者の男性と、その友人は目を丸くしていたけれど、軽く手を振ってくれた。


「待って、レイ」

「……まぁ、お前ならそう言うよなぁ……」


 病院の外に出ようとするレイを呼び止める。レイがこちらを振り返り、両手を腰に添えて、「お人好し」と呟いた。


「ごめんね、ありがとう」


 私の考えていることなんて、きっと彼にはお見通しだ。辺りを見渡し病院で働いている人に声を掛ける。自身が回復魔法を使えることを告げると、「少々お待ちください」と急いで奥へ向かう。


 それから数分後、白衣を着た男性と一緒に戻ってきて、私のことを見ると「あ!」と声を上げる。


「君か! 君の実力はよく知っている。助かるよ!」


 がしっと私の右手を掴んで「早速行こう!」とずんずん大股で歩き出した。私のことを知っているようだが……、思い出せない。いつ会ったのだろうか。


「ジェレミーくんは元気かい? 驚いたよ、あっという間に彼を治して」

「あっ、えっと、元気に過ごしていますよ」


 ――思い出した。ジェレミーが負傷したときに、この白衣の男性が手当てをしていた。私が回復魔法を掛けて傷を癒すと、『素晴らしい!』と称賛してくれた人だ。


 重症の怪我人がいる病室に向かい、「ここの人たちなんだが……」と白衣の男性が病室に入り、眉間に皺を刻む。


 骨折……だろうか。まるでミイラのようにぐるぐる巻きになっている姿を見て、思わず言葉をんだ。


「この人たちは……」


「魔物やら盗賊やらにやられたようでね。若い子たちは、無謀なことをするから……」


「痛い目にっちゃったんですね」


 ぐるぐる巻きになっているので、どのくらいの年代かはわからない。もしかしたら、ジェレミーたちと同じくらいか、それ以下なのかもしれない。


「それでは、始めます」


 病室の真ん中に立ち、女神像をぎゅっと握って目を閉じる。自身の神力しんりょくを部屋にいる人たちに。


 包み込むような感覚で……そう。光で、癒しを。


 ――どうか、この人たちの怪我が、良くなりますように――。


 天に祈りを捧げ、回復魔法を使う。この病室には十人ほどの怪我人がいて、どのくらいの深さの傷なのかはわからない。……わからないけれども、この感覚だとかなり重傷のようだ。


 命の灯火を消さないように、慎重に癒していく。


 何分くらい、そうしていただろうか。確かな手応えを感じて目を開けると、白い病室がキラキラと輝いて見えた。


「――ッ」


 ふらりと身体が傾く。倒れる――と思った瞬間、ぐっと腕を掴まれて支えられた。――きらり、ときらめくアイスシルバーの髪が見え、「バカ」と声にならずに言われた。


 怪我をしていた人たちは、痛みが引いたことで、なにが起きたのかと騒ぎ始める。


「トレヴァーは連れて行くからな」

「あ、ああ。助かったよ、ありがとう」


 レイ、付いて来てくれたんだと考えていると、なんだか急に力が抜けた。


「おい、大丈夫か?」

「うん、ごめん。迷惑を掛けて」

「それは良いから、肩に手を回せ。歩きづらい」


 彼の肩に腕を回すと、そのまま歩き出す。向かう先は恐らく、ルイス夫妻の宿屋だろう。


 ゆっくりと病院の中を歩き、外に出た。ふわりと風が頬を撫でる。


「お前、神力使いすぎるとこうなるんだから、気をつけろよな」

「ごめん」

「謝って欲しいわけじゃないんだけど……まぁ、良いか」


 呆れたように息を吐くレイ。彼に支えられながら歩いていたが、近くにベンチがあることに気付いて、そこで一度休憩しようと声を掛けた。


「わかった。ついでに飲み物買って来るから、待ってろ」


 ベンチに私を座らせると、レイは近くの飲食店に向かった。


 ベンチの背もたれに身を預け、空を見上げる。


 神力を使うとき、たまにこうして一気に疲れが出るときもある。なかなかコントロールできないものだと、自嘲の笑みを浮かべた。


 聖騎士団に所属していたときも、その使い方では疲れるだろうと指導を受けたことがあったが――まだ、直っていないようだ。

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