少し、休憩

 被害者の男性に話を聞き、怪我人を回復魔法で癒している間に夕方になっていたようで、落照らくしょうが辺りを照らしていた。


「ほい、これ」

「ありがとう」


 レイが渡してくれたコップを受け取って、中身を見る。甘い香りが鼻腔をくすぐり、首を傾げる。


「ココアだよ」

「ああ、だから甘い香りが……。レイはブラックコーヒー? この時間に飲んで大丈夫?」

「平気」


 レイは私の隣に座り、コーヒーを口にする。その姿はまるで絵画から飛び出してきたかのように、美しかった。


 私もカップに口を付けて、ココアを飲む。甘すぎないココアの味が口に広がり、温かい飲み物が喉を通り、全身に巡る感覚にゆっくりと息を吐く。


「あったかい……」

神力しんりょく使いすぎると、いつも身体の芯から冷えていただろ。今日はもう切り上げて、さっさと飯を食って休め」

「そうするよ」


 ココアをもう一度飲む。舌に残る甘さに心がほっとする。甘い物って、心にも効くんだなぁと感心していると、レイがじぃーっとこちらを見ていることに気付いた。


「どうしたの?」

「そのうち、『カリマ』に治したヤツらが押しかけてきそうだな、と」

「お、押しかける?」


 そもそも『カリマ』を訪れる人は滅多にいない。冒険者ならなおさらだ。普段の依頼は中央ギルドからコートニーさんが選出し、私たちに割り当てるから。


「そう。治したのがお前だって知ったら、たぶん来る」

「お礼を伝えるために?」

「それもあるだろうけど……」


 レイが言葉を言いよどみ、そのまま口を閉ざしてしまった。ぐっとブラックコーヒーを一気に飲むのを見て、目を丸くする。


「熱くないの?」

「冷ました」


 ――魔法ってこういうことにも使えるのか。レイの魔法は本当に、いろいろな使い方ができるんだなぁ。


「お前のも冷まそうか?」

「お願いします」


 すっとココアを差し出すと、レイはココアの上に手のひらをかざした。持っているカップの温度が下がっている気がする。


「もう良いぞ」

「ありがとう」


 ココアを飲んでみると、本当に飲み頃になっていた。便利だなぁと感心していると、レイがベンチから立ち上がり私の前に立つ。


「歩けそうか?」

「うん、もう大丈夫」


 一気にココアを飲んでから、立ち上がる。甘くて温かいものを飲んだからか、だいぶ楽になった。


「もう夕方だしね。宿屋で話をまとめておこう」

「だな。じゃあ、宿屋に行くか」


 彼が私に背を向けて歩き出す。


 ――レイの背中はいつも大きく見えていたのに、今日はなぜか小さく見えた。私が立ち止まっていることに気付いたのか、こちらを振り返る。彼の腰まである長い髪を夕日で赤く染まり、目を奪われる。


「トレヴァー? やっぱり支えたほうが良いか?」

「……ううん、大丈夫」


 緩やかに首を左右に振り、一歩足を踏み出す。レイと私の身長なら私のほうが高いし、体格も良いはずなのに、どうしていつも大きく見えていたのだろう?


「なんだか回復魔法を使ったら、疲れちゃったみたい」

「そりゃそうだろ。十人くらい一気に治したんだから。それも全快させたっぽいし」

「え、そうなの?」


 自分でも気付かなかった。どんな人たちか、包帯でぐるぐる巻きにされていたからわからなかったし、とにかくあの人たちの怪我が癒えるように祈りを捧げただけ。


「だから、そんなに疲れているんだって」


 呆れたように肩をすくめるレイ。足を動かして彼を追う。私が歩き出すのを見て、彼も歩き出した。宿屋まで歩いていると、宿屋の玄関前にメロディが立っているのが見えた。


「あ、お客さんたち、お帰りなさい!」


 私たちに気付くとぱぁっと表情を明るくし、大きく手を振る姿がとても愛らしい。


「ただいま。買い物していたのか?」

「うん。トマトとたまごが必要だったんだって!」


 レイが声を掛けると、嬉々として語り出すメロディ。その話を聞きながら、宿屋に入る。


「あ、お客さんたち、もうご飯食べた?」

「ううん、これからだよ」

「今日の夕食なんだろうなぁ。トレヴァーは消化に良いものにしよけよ。あと、身体が温まるやつ」

「トレヴァーさん、具合悪いの?」


 メロディが大きな瞳をうるうると潤ませて、私を見上げてくる。当てて手を振り「大丈夫だよ」と、優しく声を掛けた。


「どうだか」

「レイ、平気だってば……」


 心配性だなぁと彼を見ると、ぽんっと軽く肩を叩かれ、それからメロディに視線を落とす。


「そんなわけで、オレらちょっと部屋で休んでいるから」

「はーい。トレヴァーさん、お大事に!」

「……あ……」


 メロディは私お顔を見て、にこっと笑顔を見せてからキッチンに向かう。絶対にあの子、私が具合悪いと誤解している……!


「本当に平気なんだけどなぁ」

「とりあえず、オレの部屋に行こうぜ。で、明日ギルドにどんなことを伝えるのか考えよう」


 レイはスタスタと部屋に向かう。私は小さく肩をすくめてから、彼のあとを追う。階段を上がりレイが借りている部屋をくいっと親指で指す。そこで明日からのことを話し合おう。


 部屋の扉を開けて中に入る私たち。ぱたん、と扉が閉まるのと同時に、「念のため」と彼が指を鳴らした。

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