謝罪の言葉

「ここじゃあ悪目立ちするから、ギルドに移動しようぜ」


 私たちを疑った目で見ていた衛兵に対し、レイはにやりと口角を上げながら衛兵たちを私たちが所属している冒険者ギルド――『カリマ』に招く。


 ギルドには、メンバーたちが勢ぞろいで、衛兵たちを迎えていた。コートニーさんが眼鏡をくいっと上げてから、「お茶を用意します」とキッチンに向かう。


 レイがパチンと指を鳴らして、衛兵たちが座れるように椅子とテーブルを用意した。


 ローズさん、ソニア、デリアの女性陣はコートニーさんを手伝うために同じようにキッチンに向かい、ギルド長のエイブラムさんが衛兵たちに座るようにうながす。重低音で。まるで、私たちを疑ったことを責めるかのように。


 エイブラムさんと同年代くらいの衛兵を除き、数人の衛兵はまだ若そうだ。蛇に睨まれた蛙のように身を縮ませているのを見ると、なんだか少し大丈夫だろうかと心配になってしまう。


 どのくらいの時間が経ったのかはわからないが、コートニーさんたちがお茶を持って配る。ほかほかとした湯気が見える。鼻腔をくすぐるお茶の良い香り。ちらりとみんなを見ると、誰もお茶を飲もうとしていない。


 コートニーさんたちも椅子に座り、全員が席についたところでエイブラムさんがお茶を一口飲んだ。


「それで、レイモンドとトレヴァーが捕まえたヤツが犯人だったのか?」

「……そ、そうです。すべて、自白しました。女神の誓約がなんとかと言いながら……」


 エイブラムさんがちらっと私を見たが、微笑んで見せた。


「まぁ、被害者たちの証言とも合っているから、犯人はユーバー・リヒに間違いない。冒険者ギルド『カリマ』に所属しているメンバーたちには感謝している。それと、レイモンドとトレヴァー……だったか。疑ってすまなかった」


 衛兵があまりにも素直に謝罪の言葉を口にしたことに、驚いてしまった。私とレイは顔を見合わせて彼は肩をすくめる。


「褒美って出たりする?」


 レイの問いかけに、衛兵は顔を上げて目を丸くした。


「あ、ああ。犯人を捕まえたのは、お前たちだからな」

「なら、金一封を頼むぜ。なぁ、ギルド長。これでオレら、休暇に行っても良いよな? な?」


 ワクワクとした表情を隠さず、レイはエイブラムさんに問う。私も視線を彼に向けると、ゆっくりと大きくうなずいた。――ということは、今日から休暇に入っても良い……のだろうか?


「よし、トレヴァー。早速行こうぜ!」

「ま、待って、レイ。せめて髪を切り揃えてからにしようよ……!」

「あ、そうだった」


 自分の髪に執着はないのか、レイは切られた部分を掴んで視線を落とす。


「じゃあ先に髪を切ってくるわ。明日から二週間! オレら休暇な!」


 それだけ言うと、レイはお茶をごくごくと飲み干してギルドから出ようとする。その前に、くるりと振り返った。


「あ、金一封はギルド長に渡しといてくれ。オレら今から休暇だから!」


 明るく声を弾ませてそう伝えてから、レイはギルドから出て行った。あまりのスピードに、衛兵たちは呆気に取られているようだ。休暇か……この前言っていた温泉で疲れを癒そうかな?


 そう考えていると、私たちのことを疑っていた衛兵がぽつりと、


「ずいぶんと、あっさりしているな……」


 そう、呟いていたのが聞こえて思わずき出してしまった。先輩たちや後輩たちがじとーっとした目で、衛兵たちを見ているのも、私たちのことを信じていてくれたからだと思うと、心がくすぐったい。


「謝罪は受け入れました。では、私もこれで失礼して良いですか?」

「あ、ああ……。あ、いや、ひとつだけ。伝言を頼まれていた」

「伝言、ですか?」


 コートニーさんの淹れたお茶を飲み終えてから、私もギルドをあとにしようとすると、衛兵がそんなことを言いだした。ユーバー・リヒが私になにを伝えたかったのだろうか?


「……『アニキと呼ばせてもらいます! その強さに惚れたぜ!』だ、そうだ」

「許可しません、とお伝えください。では」


 ユーバー・リヒはなにを考えているんだ!


 にっこりと笑みを浮かべて拒絶の伝言を頼んでから、私もギルドをあとにした。


 空を見上げると夕日が赤く染まっていた。目を細めてその赤を見つめ、手のひらを見つめる。きゅっと自身の拳を握りしめ、ゆっくりと息を吐いた。


 苦手な対人戦。克服したとは思えないけれど――もしかしたら、一歩は踏み出せたのかもしれない。


 今度、エイブラムさんに稽古をお願いしようかな。魔物討伐ばかりしていたから……人と戦う、練習をしたほうが良いと思えるようになった。こればかりは、今回の事件に感謝したほうが良いのかもしれない。


 レイを失うなんて、考えられないから。


 彼はずっと、私の目の前を歩き引っ張ってくれていた。守ってくれていたのだと、強く感じる。


 だから私も、レイのことを守れるようになりたい。もう二度と、レイの一部が失われないためにも。……髪は伸びるって言っていたけれど、やっぱりあんなにきれいな髪が勝手に切られるのはイヤだった。


 誰かを守るために、強さを求める。


 そっと首元のペンダントに触れて、天を仰ぐ。


 ――私の強さは、自分のためではなくレイのために。


 そう決意して、歩き出した。

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