宿屋に戻って、休もう
同じ言葉を私が呟くと、レイは大きくうなずいた。
「同じ日に預けられて、仲良くなって、約束を交わして……。トレヴァーが約束を忘れてたらどうしようとは思ったけど」
私の成人後、レイが迎えに来たときのことを思い出しているのか、目元を細めてしみじみと言葉をこぼす。
「忘れないよ、約束」
「うん、それがなんか嬉しかった。かーなーり、デカくなっているのには驚いたけど」
くつくつと喉奥で笑い、レイはくるりと反転してまた歩き出す。
「でもやっぱ、ひよこのままだったなぁ……」
ぽつりと独り言のような小さな声が、耳に届く。子どもの頃からひよこと言われていたけれど、……こんなに大きなひよこがいたら、怖くないか? と眉を下げた。
「あー、眠くなった。さっさと帰って寝ようぜ」
レイがぐーっと腕を伸ばしてこちらを振り返る。事件が解決したからか、その表情は晴れやかだった。
「……そうだね、なんだか、一気に力が抜けちゃった」
人差し指で軽く頬を掻いてから、歩き出す。宿屋までの帰り道、私たちはそれから一言も言葉を交わさずに、ただ歩いていた。
宿屋につき、レイが手を差し出す。その手を取ると、ふわりと身体が浮いた。出ていったときと同じく、彼の浮遊魔法で部屋に入り、床に足がつくと同時に手が離れる。
「それじゃ、寝るか~」
「うん、朝には衛兵たちが来るかな?」
「どうだろうな。まぁ、来たら起こしてくれるだろ」
本気で眠いのだろう。ふわぁと大きなあくびをしながら私の部屋から自室に戻る彼の姿を見送った。
扉が閉まり、開けたままの窓に気付いて、窓辺に近付く。
夜空には大きな月ときらめく星々が見えた。きゅっと女神像を握り、目を閉じて祈りを捧げてから、窓を閉めた。
無事、事件が解決したことに安堵し、ペンダントを外して着替えた。寝る前に、剣の手入れもしないといけない……のに、なんだかすごく眠い。仮眠をとったとはいえ、こんな時間まで起きていたのだから、当然かもしれないが……ベッドに倒れ込むように横になると同時に、睡魔に負けたようだった。
◆◆◆
――精神が昂って眠れないと思っていたのに、そんなことはなかった。次に目を開けたとき、もうすでに日が高く昇っていて驚いた。そしてなにより、レイが私の部屋にいて、「え?」と思わず変に高い声が出て、彼がこちらに視線を向ける。
「よぅ、もう昼だぜ」
「あ、うん……え、なんでレイが私の部屋にいるの?」
「いや、ちょっと……大丈夫かどうか気になって。すやすや寝ているようだから、そのままにしてたけど」
……ああ、そうか。対人戦が苦手な私のことを心配して、様子を見に来てくれたのか。そう考えると、なんだか心の中がぽかぽかと温かくなった。
「そういえば、剣の手入れは?」
「あ、昨日やる前に寝ちゃった……」
「なら、ちょっとオレに任せてくれねェ?」
私はきょとりと目を丸くして、うなずく。レイはベッドの近くに置いてある剣を取り、鞘から抜いた。
「うわ、血がべったり」
「ユーバー・リヒの血かぁ……」
深夜の対戦を思い出し、今更ながらに身体を震わせる。それいに気付いたレイが、手を伸ばして私の頭を撫でた。
「……レイ?」
「とりあえず、剣をきれいにしないとな」
レイが剣に魔法を掛ける。こびりつき、赤黒い血がどんどんと消えていく。彼の使う魔法って、やっぱり不思議だ。
「どういう魔法なの、それ」
「んー……なんだろ。適当」
こういうとき、レイは天才肌なんだなって思う。剣はとてもきれいになった。まるで、何事もなかったかのように。
「ついでにお前もな」
ぽんっと頭を軽く叩く。身体や髪が一瞬できれいになった。ベッドもぽんっと叩き、魔法を掛ける。全部きれいになって、すごいなぁと尊敬のまなざしでレイを見ると、バラバラな長さの髪が視界に入る。
「……髪、どうするの?」
「切り揃えるさ。衛兵が来たらな!」
彼は剣を鞘に戻し、ベッドの近くに置いた。どうやらまだ衛兵は来ていないようだ。ユーバー・リヒは引き渡したから、私たちにも話を聞きに来るはず。
――ぐぅぅぅうう。
互いのお腹の虫が鳴いた。
私たちは顔を見合わせ、それから破顔し「飯食おうぜ、飯」とレイが明るく誘う。
「そうだね、着替えたら食堂に行くよ」
レイはすでに着替えていて、いつもの格好だ。ただ、髪の長さがバラバラだから、違和感がある。
「じゃあ、オレは一足先に行ってるからな」
「うん、私もすぐ行くよ」
彼が部屋から出ていき、私はペンダントを身につけてからベッドを降りた。眠くても、ちゃんとペンダントは外していたみたいだ。クローゼットまで移動し、服を着替えて一階に向かう。昼時だからか結構な人がいた。
「おー、おは……いや、おそよう? 珍しいな、トレヴァーがこんな時間に起きてくるなんて」
「そうか。なら、しっかり栄養を取って休めよ」
私が食堂に顔を出すと、アイザックさんが声を掛けてくれた。言葉を交わして、レイの姿を探す。彼は私に気付くと軽く手を振った。隅のテーブルが空いていたようだ。
「じゃあ、適当になんか食ってから、衛兵を待とうぜ」
「そうだね」
――その日の夕方、衛兵たちがルイス夫妻の宿屋を訪れた。
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