私と彼の関係

 私の問いに対し、レイはぱちぱちと数回目をまたたかせてから、お腹をかかえて笑いだした。


「え? え?」

「いやぁ、さっきまであんなにキレてたのに! もうすっかり普通のトレヴァーに戻ってる!」


 心底楽しそうに笑っているレイに、目を丸くしてしまう。そして、つられるように私も笑い声を上げてしまった。深夜にふたりの笑い声が響き渡る――のもつかの間、騒ぎを駆けつけた衛兵たちが一斉にこの路地裏にやってきた。


「おーおー、ちょうど良いところに。ほら、お前らが目を皿にして探していた犯人、こいつな!」


 レイがずいっとユーバー・リヒを突き出した。気絶して、ぐるぐる巻きにされているスキンヘッドの男性と、いかにも対戦しましたという格好の私。さらに言えば、レイはパジャマ姿だ。


「なにがあったんだ……?」

「衛兵が! わざわざオレらを疑っていると伝えてくれたもんでなぁ。絶対お稀よりも先に犯人を捕まえてやろうと思ってな!」


 段々と、レイの語尾が強くなっていく。冤罪だと言うことを主張し、衛兵たちを睨みつける。


「し、しかし、王都で乱闘は……」

「はぁ? こいつが怪我しているかよ?」


 ずいっとさらに突き出す。衛兵たちは顔を見合わせて、ぐるぐる巻きになっている男性を調べる。先程、回復魔法を掛けたので、傷ひとつなく……ただ縛られているだけの人になっているはずだ。


「つーか、先に攻撃してきたの、こいつだから。見ろよ、オレの自慢の髪をざっくり切りやがったんだぜ?」


 切られた場所を主張するように掴み、軽く振る仕草をするレイに、衛兵たちは戸惑っているのかなにも言わない。


「と、とりあえず、話を聞きたいのでついて来てくれますか……?」

「え、レイが襲われて、捕らえた。それですべてなのですが……?」


 ちゃり、と音を立てて女神像のペンダントを握る。


「誓約も交わしました。もしも彼が罪を認め改心しなければ、女神の鉄槌が下るでしょう」


 にこり、と微笑んで見せると、若い衛兵が「ひっ」と短い悲鳴を上げる。ひどい。


「……後日、そなたたちが拠点にしている宿屋を訪れよう」

「できれば早めに!」

「善処しよう」


 私たちを疑っていた衛兵……だろう。一度だけ会った人なので、確証はないけれど、声に聞き覚えがあった。


 ユーバー・リヒは衛兵によって連行され、私たちは宿屋に戻ることにした。剣を鞘にしまい、レイに顔を向けると、彼はじっとこちらを見つめて手を伸ばす。


「レイ?」


 私の頬に触れてふっと微笑む彼の姿は、月明りも相まってなぜかとても儚く、美しく見えた。


「ご苦労さん! あとはゆっくり休もうぜ」

「うん! ……でも、今日、寝られるかな……? なんだか、怒りに身を任せたから、自分が自分じゃない感覚だよ」


 レイは私の頬から手を離し、代わりに肩を軽く叩く。


「なーに言ってんだよ。オレを守るために、戦ってくれたんだろ? ありがとうな」

「でも、結局レイの髪は切られちゃったけど……」


 あれだけきれいに真っ直ぐ伸びていた髪が切られてしまい、今のレイの髪型はバランスが悪くなってしまった。


「せっかくきれいな髪だったのに……」


 しょんぼりと肩を落とす私に対して、レイはきょとんとした表情を浮かべてバシバシと私の肩を叩く。


「いや、髪はまた伸びるだろー! そこまで気にしなくて良いって」


 明るく笑う姿に、なんだか救われた気がした。


「……あの、レイ、私のこと、怖くない……?」


 恐る恐るたずねると、こくりと首を縦に動かした。


「怖くないよ。全然。ああ、でも、あんな風にキレるんだな、お前」


 レイが歩き出す。それにつられるように私も一歩を踏み出し、彼の後ろをついていく。


「あんな風って?」

「自分よりも、他人のことでキレたじゃん」


 ぴたりと私が足を止めると、前を歩いていたレイが「どうした?」とこちらを振り返る。


「レイは私にとって……他人じゃないよ。そりゃあ、血の繋がりはないけれど」


 なぜだろう、突き放された気がして、胸が痛い。


 きょとりとした表情を浮かべるレイは、すぐにぽんと手を叩いて慌てて私のもとに来てくれた。


「そーじゃなくて。お前はさ、自分よりも人のためにキレるんだなぁって」

「それもたぶん、髪を切られた相手がレイだからだよ。神殿で初めて出会った頃からずっと、私は――レイに憧れていたんだ」


 ぎゅっと拳を握って、彼が私に言葉を掛けるのを待った。


「そりゃどうも?」


 あまりにも軽くそう言われて、ぽかんと口に開けた。レイは自分の後頭部に右手を置いて、軽く掻いてからゆっくりと息を吐く。


「なんていうか、オレもトレヴァーのこと、他人って思っているわけじゃなくて……あー、なんて言えば良いんだろう、こういうの?」


 レイにしては珍しく、言葉に悩んでいるようだった。


「うーん、なんていうか、同じ日に神殿に預けられただろ? だからなんていうか……運命共同体? みたいには感じている。うん。なんか言葉にしてみたら、しっくりくるな、運命共同体」


 後頭部に回していた手で顎を掴み、ぶつぶつとなにかを呟いてから、思い付いた! とばかりに顔を上げる。彼の表情は、ぴったりな言葉を見つけたことが嬉しかったのか、パァっと明るかった。


「運命共同体……」

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