噂の成果

 ――それから三日が経過した。


 ギルドメンバーの流したレイの噂は、どんどんと尾ひれが広がり、よくわからないものまで混じるようになった。だが、どれも彼の髪を褒め称える噂であることは確かだ。


 ――まるで生糸のようなサラサラの髪。


 ――天使の輪が見える。


 ――腰まであるアイスシルバーの髪は、一度触れたくなるほど。


 ――実はエルフとのハーフなのでは?


 レイに関する噂を短くまとめると、こんな感じになった。エルフを見たことはないけれど、とても美しいと聞いたことはある。


 人気ひとけのない森の奥で、静かに暮らしているという話は聞くけれど、実際見たことある人はいないようだ。ギルドメンバーの中にも、エルフを見たという人はいない。


「さて、そろそろ王都全体に噂が広がった頃合いだな」


 ルイス夫妻の宿屋。食堂で夕食を摂ってから、食後のお茶を一口のみ、レイが窓の外を眺めた。


「深夜近くにするか」

「本当に今日、行くの?」


 レイがギルドメンバーに噂を流してもらって三日。髪や容姿の噂だけではなく、もうひとつ、噂を流してもらっていた。


 ――それは、レイが、ということ。


 夢遊病のため、夜中に無防備な姿で路地裏を歩くことがある、という噂も同時に流してもらったらしい。どうしてそんな名誉を傷つけることを! と怒った私に対して、彼はあっけらかんと『人の噂も七十五日って言うだろ?』……なんて言い切った。


 再び多少の喧嘩になったことは割愛して、結局その夢遊病のフリをするときに、私もついていくということで決着した。そして、王都全体に――恐らく、ユーバー・リヒの耳にも届いただろうと判断し、今日から路地裏に行くと宣言した。


「私もついていくからね」

「おー、わかってるって」


 レイはにっと明るく笑う。ちゃんとおびき出せると良いのだけど、こればかりは運だと思うから……どのくらいかかるかもわからない。だが、レイの噂を流してからの三日間、被害は出ていない。


 恐らく、レイに狙いを定めているのだろう。


「――なんだか、緊張してきた」

「トレヴァーが緊張するのかよ。まぁ、気楽にやりなって」


 ぽんぽんと私の肩を叩く彼に、小さくうなずく。


「とりあえず、仮眠はしてくるかー」

「今日で全部終われば良いんだけど……」

「本当にな!」


 かたんと立ち上がり、レイが二階に向かう。それを追うように私も足を進める。深夜近くまで身体を休ませ、それから行動する。彼と話し合って決めたことだ。


◆◆◆


 ――深夜近く。人の気配を感じて目を開ける。少し休もうと思いベッドに寝転んだあと、眠ってしまったようだ。


「起きたか?」

「うん……今から?」


 レイの声が上から降ってくる。視線を彼に移動すると、パジャマ姿で立っていた。


「無防備そうだろ?」

「うん、すごく」


 この姿で王都の路地裏を歩くのか、と少し不安になる。薄着だから、風邪をひくんじゃないかなって。


「せめてマントを羽織ったら?」

「どこの世界に防寒する夢遊病がいるんだよ……」

「それはまぁ、そうなんだけど」

「じゃあそろそろ行くぞ。みんな寝ているから、静かにな」


 目がだいぶ暗闇に慣れてきたようで、レイが人差し指を口元に立てているのが見えた。音を立てないように身体を起こし、一度首元のペンダントに触れる。眠るつもりじゃなかったから、外していなかった。


 女神像を握り、祈りを捧げる。――どうか、無事に解決しますように、と。


 ベッドから降りて剣を握る。音が鳴らないように、防具はいつもの装備ではなく、布の装備にした。レイは窓を開けて、私に手を差し伸べる。


 今日は満月のようで、逆光でレイの顔が見えない。ただ、月光が彼の髪を透かすようにきらめかせていた。


 彼の手を取り、ぎゅっと握るとふわりと身体が浮いた。レイの浮遊魔法で宿屋から抜け出し、着地する。


「トレヴァーには魔法を掛けるから、オレの後ろをついてこいよ」

「うん。……レイ、無理しないでね」

「おう、大丈夫だって」


 心配させまいと笑顔を浮かべるレイ。


 彼が私の姿を隠すため、ぽんと肩に手を置いて魔法を掛ける。自分ではよくわからないが、人が私を認識しないという魔法らしい。そんな魔法があるのか、と感心したことを覚えている。


 魔法を掛け終えると、彼は私に背を向けて歩き出す。念のため、一定の距離を保ちながらついていく。月明りと街灯に照らされた王都は、いつもの活気はなく静寂だ。


 まるで世界にふたりだけが、取り残されたような感覚。


 レイはどんどんと路地に進んでいく。王都には路地裏がたくさんあるので、一本一本の道を歩き、ユーバー・リヒが現れなかったら引き返す。三本目の路地裏で、なにかの気配を感じた。


 ドクン、ドクンと自分の鼓動が早鐘を打つ。……レイが辺りを見渡すように顔を動かすと、さらりとアイスシルバーの髪が揺れる。


「――ああ、なんて美しい髪なんだ」

「うわっ!」


 スキンヘッドの体格の良い男性――あのコレクターに聞いた、ユーバー・リヒの特徴とよく似ている。


「今日はお前を、可愛がってやろう」


 うっとりとした野太い声。嫌悪を感じてぐっと唇を噛み締める。


 きらり、とい刃物が月光を浴び、その姿をはっきりと見せた。


 ――ザクッ!


 ――目の前で、レイの髪が切られた。


 ――ぷつり、と頭の中で、なにかが切れる音がした。

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