ずっと見てきたのは、彼の背中

 神殿ではそれなりに仲の良い人たちはいた。というか、同期の人たちは話す機会が多かったし、気付いたなら仲良くなっていた……だが、王都に来てからは、聖騎士団とはまったく違う生活になったので慣れるまで余裕がなかった。


 そう考えて、自分がいかにレイに頼りきりだったのかを改めて実感し、大きくため息を吐く。私だって成人しているのに、情けない。


 気持ちを落ち着かせるためにペンダントに触れる。


 聖騎士団で暮らしている間に、すっかり癖になってしまった。女神像に触れていると、心が落ち着く。


「あれ、トレヴァーじゃないか。こんなところでなにをしてるんだ?」

「アイザックさん。ええと、ちょっと、反省を。買い出しですか?」

「ちょっと小腹が空いてな。なんかいかにも思い詰めてますって顔をしているけど?」

「私、そんなにわかりやすいですか?」


 頬をぺたぺたと触りながら呟くと、アイザックさんは目を丸くして、それから大きくうなずいた。


「ちょっと付き合え」


 ガシッと私の手首を掴んで、ずんずんと大股で歩き出す。中央広場の噴水近くにあるベンチまで向かい、手首を離すと彼はベンチに座り、隣に座るようにぽんぽんと座面を叩く。


 大人しく隣に座ると、立ち上がり「ちょっと待ってろ」という露店に足を進め、いろいろ買ってから戻ってきた。


「ほら豚バラの串焼き。塩だけでもうまいぞ!」

「あ、ありがとうございます」


 ずいっと目の前に差し出され、受け取る。焼きたてなのだろう。ホカホカと白い湯気が見える。


「あったかいうちに食いな」

「いただきます」


 豚バラの串焼きを口にする。外はカリッと焼けていて、香ばしい。噛めば肉汁が溢れ、脂が甘く感じた。味付けは本当に塩だけのようで、素材の味を最大限に生かしている。


「うまいだろ?」

「はい、とても」

「シンプルな串焼きだからさ、結構大変なんだぜ」


 シンプルな串焼きだから? その言葉が意外で目をまたたかせると、彼はベンチに座って串焼きにかぶりついた。味わうように目を閉じて咀嚼し、飲み込む。


「こういうシンプルな味付けってさ、肉と塩を見る目がないと別物のようになるんだよ」

「そうなんですか?」

「味が全然違うの。肉のランクや新鮮さ、さらに使う塩や焼き加減でまったく違う!」


 パクパクと全部食べ終えると、また別の串焼きを取り出した。それも美味しそうに食べる姿を見て、私もいただいた串焼きを食べ進める。きっと、ひとつひとつ丁寧に焼いているのだろう。


「マイルズさんの料理も好きだけど、こうして屋台ものもん食べるのも好きなんだ」

「アイザックさんは、マイルズさんの料理に惚れ込んで弟子になったんでしたよね」


 彼は大きくうなずいてから、当時を思い出すように目元を細める。


「最初は断られたけどな。弟子を取るつもりはないって。何度も頼み込んで、受け入れてもらったんだ」


 へへ、と笑うアイザックさんは、とても幸せそうに見えた。自分が尊敬する人の弟子になれたことが、誇らしいのだろう。


「……で、トレヴァーはなにがあってそんな顔してたんだ?」

「ええと……なんというか……」


 なんて伝えれば良いのだろうか。レイがおとりになることは伏せて、自分がずっとレイに頼りきりだったなと、気付いたことを話した。すると、アイザックさんはじっと私を見て、ぽんぽんと肩を叩かれた。


 慰めるように、優しい叩き方。


「トレヴァーは、ずっと神殿で暮らしていたんだっけ?」


 少しだけ悩んで「五歳頃から、成人まで」と答える。すると、少し考え込むように黙り込み、肩をすくめてから顎に指を掛ける。


「その頃から、ずっとレイモンドの背中を追っていたのか?」

「そう……ですね。ずっとレイに助けられていたので」

「そっか。レイモンドはトレヴァーにとって、道を示してくれる人だったのかもな。でも、お前はおまえなんだから、あいつの背中ばかり追っていないで、自分から動くことを大切なのかもしれないぜ?」


 アイザックさんの言葉に、目をまたたかせる。淡々とした口調だったけれど、私のことを心配してくれているのがわかった。その気遣いが、なんだかくすぐったい。


「ありがとうございます」

「あーいや。まぁ、小さい頃からずっと憧れていたんだろうなぁ、レイモンドに」

「……それは、あるかもしれませんね」


 眉を下げて微笑む。あの頃の神殿で、レイに憧れない子どもは、きっといなかった。それだけ、彼の存在はとても大きかった。


「あれ、トレヴァーさん! トレヴァーさんも噂を流しに来たんですか?」


 アイザックさんと話していると、ウォーレンが近付いて問いかける。


「噂?」

「あ、いえ、気にしないでください」


 ウォーレンは私の言葉にハッとしたように口元を押さえ、こほんと咳払いをした。


「えっと、あっ、美味しそうな串焼きですね。おれも買ってきまーす!」


 私が食べている串焼きに視線を移し、ウォーレンが去っていく。耳を澄ませると徐々に彼らが流した噂が聞こえてきた。そして、その噂はアイザックさんの耳にも入り、ばっとこちらに顔を向ける。


「……お前ら、一体なにを企んでいるんだ?」

「ええと……まぁ、いろいろ」


 視線を逸らして曖昧に言葉を濁す。アイザックさんは怪訝そうに眉間に皺を刻み、根掘り葉掘り質問されて、誤魔化すのが大変だった……。

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