心構え

 コートニーさんが手帳を取り出して、ぱらぱらとめくる。それから私とレイを見て、眉を下げた。……私たちを指名してくれる人が増えたのは、喜ばしいことだ。だけど、やっぱり少しは身体を休ませたい。


「それだけオレらも有名になったってことかねぇ」


 レイはちょっと嬉しそうだ。確かにここ最近の依頼は、私たちの指名だとコートニーさんが教えてくれていた。依頼を誠実に達成していて良かった、心底思う。


「私たちのギルドには三組のパーティーしかいませんから、それぞれの得意なことを割り当てていった結果……それぞれのパーティーに指名が入るようになりました」


 それはもう、コートニーさんの手腕が素晴らしいだけでは……? と考えながら椅子に座った。


「えーっと、そんなわけでさっさと犯人を捕まえて、衛兵に突き出して謝らせて、休暇に入りたいわけ! みんな、協力してくれるよな?」


 きらりと目を輝かせて、ギルドメンバーを見るレイ。そんな彼に、みんな大きくうなずいた。……レイなら大丈夫って、思われているのかな?


「……良いのか、トレヴァー?」


 斜め前に座っているエイブラムさんに問われる。私がただ眉を下げて微笑むと、彼はゆっくりと息を吐いた。


「ってわけで、みんな噂を流しまくってくれ! ユーバー・リヒをおびき出すために!」


 握っていた拳を天にかかげる。先輩と後輩パーティーが「おおーっ!」と雄叫おたけびのような声を上げて、彼と同じように拳を上げた。


「トレヴァー、少し時間をもらえるか?」

「あ、はい」


 エイブラムさんに呼ばれて、盛り上がっているこの場から離れ、みんなが泊まるときに使う部屋の一室に移動する。


 扉を閉めて、真っ直ぐに私を見つめるエイブラムさんに首を傾げた。


「どうしました?」

「……お前、本当はレイモンドがおとりになるの、イヤだろう?」


 不意の言葉に息をんだ。どうして、と私の顔に書いてあるのか、エイブラムさんはすっと手を伸ばして苦シャリと頭を撫でる。そして、ぽんっと軽く叩いた。


「情けないツラをしているぞ」

「やっぱり、そう思います?」


 左手で自分の顔を隠すように覆い、肩の力を抜く。そしてエイブラムさんに自身の心を見抜かれていて、なんだか恥ずかしくなる。私はそんなにわかりやすいのだろうか、と。


「レイモンドのことに関すると、お前はわかりやすいからなぁ」


 左手を顔から離して、首を傾げる。エイブラムさんは、ただ優しいまなざしで、私を見ていた。


「――対人戦が苦手なのは、今もか?」


 こくり、と首を縦に動かす。彼は「そうか」と呟いて真剣な表情を浮かべる。


「ユーバー・リヒがどんな人物かわからないが、かなりの乱暴者だろう。レイモンドには魔法があるとはいえ、囮になるのは危険なことに変わりない。それを理解しているだろう?」


 もう一度、首を縦に動かす。


 対人戦が苦手だから、と……人と争うことを避けていた。魔物さえ討伐できれば、良いと思っていた。実際この一年半、魔物しか倒していない。


 聖騎士団に所属していた頃も含めれば、訓練以外では数えるほどだ。


「万が一のとき、動けるか?」

「……わかりません。本当に、わからないんです……」


 ずるずるとその場に座り込む。もしもレイの身に危険が迫ったとき、……私は、ちゃんと、戦えるのだろうか……?


 しゃがみ込んだ私に、エイブラムさんの声が降ってきた。


「まぁ、レイモンドのことだから、策はあるだろうが……。いざというときの心構えをしておけよ」


 顔を上げてエイブラムさんを見る。ぽんぽんと私の頭を撫でてから部屋を出ていく。


 なにも言わずに去って行く姿を見届けてから、立ち上がった。


 レイが危険な目にうのは、やっぱりイヤだなぁと深呼吸を繰り返してから、私も部屋をあとにした。


「あれ、みんなは?」

「もう噂を流しにいった」

「……素早いなぁ」


 エイブラムさんと話している間に、みんな外に出ていったようだ。レイが私の顔を覗き込んで、じっと見つめてくる。


「どうしたの?」

「いや、別に。とりあえず、オレはギルドに残るけど、お前はどうすんの?」

「そうだなぁ……、みんながどんな噂を流しているのか、見に行こうかな」


 レイの髪がどれだけきれいかってことを、みんな広めている途中だろうから、どんな風に伝えているのかを聞いてみよう。


「そっか。じゃあ、噂がどんな感じに流れているのか、あとで教えてくれよ」

「わかった。行ってくるね」


 ひらりと手を振ってギルドから出ていく。


 ――さて、みんなどこでどんな噂を流しているのかな?


 とりあえず、中央広場に行ってみよう。人が多いところで噂を流しているかな? と考えた。中央広場まで歩いている途中、ところどころでギルドメンバーが見えた。


 知り合いに噂を流すように頼んでいるのかもしれない。楽しそうに談笑しているようにも見えるから、昔から仲が良い人なのかもしれない。


 ……王都に住むようになって一年半。


 そういえば……私、レイやギルドメンバー以外に仲の良い人が、いないのでは……? ということに気付いて軽く頬を掻いた。

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