第五章 当千のマリス・天穹遍くヤディオルシガ

1話 カガヤキの魔法

 アシュリンは、今までの中で一番力強くそう言った。

 だが、キーヴァもヴィンスもピンときていなかった。


 なぜなら――


「マリスって……誰?」


 キーヴァの質問は、ヴィンスの内心と一致していた。

 アシュリンは、答えた。


「魔王軍の大参謀よ」

「え、魔王軍って参謀いたの⁉️」


 驚くキーヴァだったが、それはヴィンスも同じだった。

 魔王が存在していることは、いくつもの証言で裏付けられている。

 しかし、参謀がいるという話は今まで一度も出てきたことが無かった。

 文献などで出てくるのは精々将軍まで――

 アシュリンのこの発言は、とても衝撃的なものだった。


「アリ・マリス・フィア。

 別名、当千のマリス、百魔法のマリス、輝きのマリス――

 魔族の中では結構有名な存在なのよ」

「ぜんっぜん、聞いたことない」

「あなた達からしたらそうでしょうね。

 マリスは殆ど表に出てこないわ。

 いつも魔王を盾にして、陰険な策と魔法、呪いを作ることにお熱なのだから」

「で、そいつが今回のノア爆殺に関わってるってこと?」

「ええ、そうよ」

「言ってること矛盾してない?

 そのマリスって奴は、表に出てこないんでしょ?

 なんであんたがそれに気づいたのよ。他の魔族の可能性だってあるんじゃない?」


 キーヴァの指摘は冴えていた。


 魔王の参謀が事件に絡んでいる――


 という読みは、魔王が倒されたという事象に引きずられ過ぎているからだ。


 そして、キーヴァが指摘した通り、引きこもりな魔族が、今回表立って動いてる理由が分からない。

 今のところ、アシュリンの推理は穴だらけだとヴィンスは思った。

 だが、アシュリンは力強くそれを否定した。


「その可能性は全く無いわね」

「へぇ、そんなに言い切るなら証拠を言いなさいよ」

「証拠は魔法――カガヤキの魔法よ」

「カガヤキのまほう……?」


 キーヴァが復唱したように、ヴィンスもその名前を初めて聞いた。


「カガヤキの魔法は強力な時限爆発魔法よ。

 この魔法は他の時限爆発魔法と違って、相手の心象変化、行動を爆発条件に設定できるの――何となく察せないかしら?」


 アシュリンの問いかけに、ヴィンスは思わず口が開いた。


「ノアが言っていた『勇者ではない』って……」

「そう――その言葉が、カガヤキの魔法の発動条件だったのよ」

「ぐ、偶然じゃない……?」


 キーヴァはまだ信じられない様子だった。


「でも、あなた達は二回見ているのよ、カガヤキの魔法が発動する瞬間を――」


 キーヴァはハッとした。


「……アイゼンハウアー」


 アシュリンは、静かに頷いた。


「そう、あの時の爆発もカガヤキの魔法なのよ――

 あの時から、全てが始まっていたの」


 確かに、アイゼンハウアーが爆発して死んだ時、『勇者ではない』と言った可能性はあるだろう。


 それに、同じ事件の中で、同じ死に方をしている人物が二人――


 これは少し、アシュリンの推理が当たっている可能性が出てきている。


 だが、それでもまだ弱いとヴィンスは思った。

 なぜなら、アイゼンハウアーが爆発した時の状況は、解明されていないからだ。


「で、でも……アイゼンハウアーが『勇者ではない』って言ったかどうかは分からないでしょ? それじゃやっぱり、まだ偶然って可能性も……」

「でも、マリスが介入しているって話は、少し信じれたでしょ?」

「ま、まぁね」


「うん、それだけでいいわ。重要な話はここからなのだから」


「……え?」

「マリスが介入しているってことは、あることが確定しているのよ。

 あの鳥頭はね、保険をつけるのが大好きなの。

 例え何があっても自分が不利にならない、強力な保険を用意することがね――」


 そう語るアシュリンはとても感情的に見えた。

 ここまで饒舌になっているアシュリンを見るのは、会ってから初めてのことである。


「保険って……どんなものを用意しているの?」


 キーヴァの問いに、アシュリンは静かに――それでいて、ハッキリと言った。


「天穹遍くヤディオルシガ――

 あなた達が『魔王』と呼んでいる存在が、マリスと行動しているわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る