終幕

その後にあるのは――

 聖都ウィーンでの大規模な事件は、王都アズリンに多大な困惑を与えた。

 それは、お祭り気分だった住民達も、一瞬我に返るほどだった。

 しかし、その困惑も、すぐに消え去った。

 枢密院が以下のように発表したからである。



 ◇ ◇ ◇



 聖都ウィーンでの事件は、魔王軍による最後の抵抗であった事が、調べにより判明。


 しかし、その抵抗も勇者達の手によって、全て打ち砕かれた。


 枢密院書記官長、エイド・スミスはここに宣言する。


 魔王は倒された。


 勝利は、我々の手中に収められた。


 我々は、平和を勝ち取ったのだ。


 その立役者である勇者達を下記に記載する。



・偉大なる勇者 ノア・ウィリアムズ


・氷心 エーデル・クラーク


・無敵 ギアロイド・サリバン



 彼らの働きに、勇気に、多大なる喝采を。



 次に、犠牲となった勇者達を下記に記載する。



・偉大なる勇者 ノア・ウィリアムズ


・氷心 エーデル・クラーク


・無敵 ギアロイド・サリバン



 彼らの献身に、多大なる敬意を。



 以上をもって、本事件の報告を終了とする。


 我々は未来永劫、彼ら勇者達の勇敢さを、慈しみを、忘れることはない。


 その魂が、安らかであらんことを。


 調査責任者・ヴィンス・バーン

 監督責任者・エイド・スミス



 ◇ ◇ ◇



 それから数日後。


 祭り騒ぎも一段落し始めた頃。


 アシュリンは、生まれて初めて王都に足を踏み入れていた。


 理由は、枢密院から調査協力のお礼をしたいと言われたためだった。

 だが、アシュリンからすれば、そんなことは時間の無駄で退屈でしかない。


 いつもなら拒否して、ボイル峡谷に引きこもっているのだが、今回は別の理由もあって、王都に来たのであった。


 枢密院での用事を秒で済ませたあと、アシュリンはある場所へ向かった。


 それは、王都のすぐ外にある――


 共同墓地――


 中心街の賑やかさとはかけ離れた、荘厳で、寂静な場所。


 そこに、男が一人いた。



 アシュリンにはそれが、誰なのかひと目で分かった。


「身体はよくなった? ヴィンス・バーン」


 ヴィンスは振り向かなかった。

 ただ目を閉じ、跪き、祈りを捧げていた。


 眼の前にある三つの墓に向かって――

 名前が書かれていない、三つの墓――


 アシュリンは、それが何を意味しているのか察していた。


「私達のことは報告しなかったみたいね」

「……何のことだ」


 ヴィンスは、目を開けずに返答した。


「ディオとマリスを倒したのは誰か、ちゃんと報告しなかったでしょ?」

「枢密院が探していたのは、勇者だ。俺達は勇者ではない」


 ――だから、自分たちの活躍は報告しなかった


「なるほどね……とってもいい嘘だわ」


 確かに、今回の調査ではバレたくないことがたくさんある。

 書類の捏造やら、嘘の数々……

 それに、キーヴァの魔法適性も隠したいのだろう。


 その点を考えれば、この逃げ方はヴィンスらしい――


 アシュリンはそう思った。


 そんなことを考えていると、ヴィンスは立ち上がった。


「祈りは終わり?」

「……ああ」


 二人は改めて墓を見つめた。

 名前が書かれていない、三つの墓を――


「ノア・ウィリアムズ、エーデル・クラーク、ギアロイド・サリバンの墓ね」

「ああ、亡骸を回収することができないからな。せめて、墓だけでもとお願いしたんだ」

「でも、名前は掘れないと」

「……」


 黙るヴィンスの顔には無念さが滲んでいた。


 その意味を、アシュリンは理解していた。

 だから、あえて言葉にして聞くことにした。


「この事も報告しなければ良かったのに」

「ノア達は勇敢に戦い、そして死んでしまった……そう報告すればよかったのか?」

「ええ」

「気休めだろ、それは」

「いいじゃない気休めで」

「こればかりは、嘘は言えない」


「だから――ノア達はマリスの魔法によって、爆弾に変えられ、死体を操られ、最後は聖都に攻め込んできた……そう報告したっていうのね」


 アシュリンはいつもの嫌味たっぷりに――皮肉交じりにそう言った。


 ノアはカガヤキの魔法の犠牲に――


 そして、エーデルとギアロイドは、マリスのネクロマンシーにより、王都領に入るための隠れ蓑に使われていた――


 こんなおぞましくて辛い事実は、誰も知りたくないはずだろう。



 ――だったら、嘘ついちゃってもいいじゃない



 それは、アシュリンのささやかな優しさなのだと、ヴィンスは分かっていた。


「やっぱり、優しいなお前」


 ヴィンスの心からの言葉だった。

 アシュリンは不意の言葉に一瞬、顔が赤らんだ。


「……最悪、出会った時のこと思い出したわ」

「悪かった」

「……別にいいわよ」


「それと、短刀のことも」


「……短刀?」

「お前から借りた短刀」


 そう言われてアシュリンは思い出した。


 ――刺した相手の魔力を奪い取る、特殊な短刀


 その存在を。


「お礼を言われる程ではないわ」

「……形見だったんだろ、あれ」

「……気づいてたのね」


 ――なんとなくな

 ――じゃなければ、魔法を駆使するお前が短刀なんて持っていないだろうから


「ウィーンが最後の?」

「ええ、あそこで戦ってる最中に、マリスのカガヤキの魔法が発動したらしいわ。聞いた話だけどもね」

「だから、アイゼンハウアーの時に……」

「そう、あの忌々しい光がまた見えたから、もしかして……ってわけ」

「なるほどな」


 ヴィンスの中で、いろいろと散らかっていたものが整理された。

 今を思うと、全てが懐かしくも感じた。


「そういえば、あのお嬢ちゃんはどうしたの?」

「キーヴァなら、孤児院だ」

「いつもベッタリなのに、珍しいわね」

「俺が行かせた。というよりも、三年は孤児院で働くように言いつけてきたんだ」

「ふふ、あのお嬢ちゃんにそんなことできるかしら」

「それは大丈夫。逃げたら指名手配するって脅した」

「……身内にも容赦ないのね」

「褒め言葉をどうも」


 そんなことを言いながら、二人は共同墓地を後にした。


「これからどうするんだ」


 共同墓地の出口で、ヴィンスはアシュリンに問うた。


「ボイル峡谷に帰るわよ。そして、また変な奴が来たら追い返すだけ。今度は何の交渉にも乗らないように注意して……ね」


 アシュリンはわざとらしくヴィンスを睨んでみせた。


 まるで、これから言うことを見透かしているようだった。


 ヴィンスは少し気まずそうに咳払いをして、話を続けた。


「……これから、枢密院は魔族領の開拓に出るという話が出てるんだが……」

「……協力しろとか言うんじゃないでしょうね?」

「…………だめか?」

「絶対嫌」


 ――だよね……

 ヴィンスは何となく、こうなるだろうとは分かっていた。

 しかし、そうなると、一から魔族との交渉を始めないといけなくなるわけで……

 ――これは相等困ったぞ……

 

 などと、頭を抱えていると――


「……協力はしないけども、私の名前は使っていいわよ」

「え?」


 突然の提案に、ヴィンスは何を言っているのか分からなかった。


「私が直接誰かと交渉したり、誰かを紹介したりはしないけど、私の名前を使って貴方が交渉するのは勝手にしてってこと」

「いや、それもう……」


 協力してるようなものじゃ……?


「……文句あるなら、断ってくれていいのよ」

「いやいや!! ありがたい、そうさせてくれ!!」

「そうしなさい」


 そうなれば、善は急げだ。


「じゃぁ、早速魔族領に行って……」


 と、段取りを考えていると――


「ちょっと、待ったぁぁあああ!!」


 声とともに、忙しない足音が近づいて来た。

 この声――


「キーヴァ……!!」

「また魔族領行なら、私がついてなきゃ危ないよお兄ちゃん!!」

「お前、孤児院は……」

「まぁまぁ、その話は歩きながらするからさ!! いざ、しゅっぱーつ!!」

「お、おい……!!」


 キーヴァに手を引っ張られ、ヴィンスは慌てて歩き出した。

 その様子を、後ろで見ていたアシュリンは、くすりと笑い、続いて歩き出した。


「……もう少しだけ、賑やかなのが続きそうね」


 そうして三人は、王都を後にし、再び魔族領へ向かっのであった。


 次なる調査は――まだ決まっていない。

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私が魔王を倒しました。とある書記官と5人の嘘つき勇者。 みさと @misato310

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