2話 ご対面、そして不快

「どうもこんにちは副書記官殿」


 部屋に入ると、ヒゲを整えた成熟した男性が椅子から立ち上がり、礼儀正しく挨拶をしてきた。


「アイゼンハウアーさんですね」

「はい、遠くからわざわざありがとうございます」


 アイゼンハウアーは再び頭を下げた。

 しっかりしているという印象だ。

 だが、まだ安心はできない。

 聞き取りを始めなければ、結局は何も分からないのだ。


「それじゃ、早速ですみませんが聞き取りを始めますね」

「ええ、よろしくお願いします。ところで……」


 椅子に座ったアイゼンハウアーは、ドアの横に立っているキーヴァに目配せした。


「ああ、同行者なので気にしないで下さい」

「はぁ……」


 アイゼンハウアーは怪訝な顔をし、少し戸惑っているようだった。


「えー……それではまず、魔族領の進行ルートと、魔王城での出来事を教えてください」

「はい、魔族領へはバリーナ城塞から入りました」


 合っている。


「その後はコロ平原を抜け、タウラ丘を超え、魔王直轄領のスイゴに入りました」


 資料と同じ。


「1人で旅をしたと書かれていますが、どれくらいの期間になりましたか」

「正確には分からないですが、おおよそ二週間だと思います」


 ……資料と照らし合わせても矛盾はない。


「魔王城は思ったよりも簡素でしたね。玄関は豪華でしたが、廊下はほぼ一本道、その先に広間がありまして、そこに魔王がいました」


 資料と同じだが、魔王城の情報を王都側は知らない。正誤の判断が出来ない。


「魔王との戦闘は激闘でした。ですが、前情報通りでもありましたね」

「『前情報』というのは?」

「右腕が使えないってやつですよ。勇者達は皆知ってますよ?

 知らなかったんですか?」

「初めて知りました。王都に帰ったら資料に書いておきます」

「そうしたほうが良いですよ」


 アイゼンハウアーは足を崩し、頬杖をついた。

 まるで、勝利でも確信したかのように、顔には笑みが浮かんでいた。

 ヴィンスはペンを起き、資料を閉じた。


「いろいろ聞かせて頂きありがとうございました」

「お、もう終わり?」

「はい、今のところは」

「今のところはって、ちょっと含みがあるね」


 鼻で笑いながらアイゼンハウアーは食ってかかってきた。

 態度の変化が180度変わりすぎて怖い。


「いえ、他意はありません」

「そう? それじゃ、どれくらい待てないいの?」

「待つ……とは?」

「え? だって俺が勇者って分かったでしょ?」

「うーん……それは」

「資料も完璧、証言も完璧、あと何が足りないの?

 僕が『勇者』って分かりますよねぇ普通」


 アイゼンハウアーはいやみったらしく机を叩いた。

 先程までの態度が嘘のように、態度は大柄に変わっていた。


 こういう輩がヴィンスは大嫌いだ。


 いつもならば、蹴り飛ばした後に、顔面にストレートを打ち込み、相手が謝るまで殴り続けただろう。

 だが、ヴィンスは異様に冷静になっていた。


 何故ならば、ドアの横に立っているキーヴァのほうが、自分の100倍はキレそうになっていたからだ。


「まぁとにかく、話の続きは朝食後にしましょう。お腹が鳴ってしまうとみっともないですから。それでは、失礼しますね」


 ヴィンスが無理矢理に部屋を出ようとする。

 これ以上いたら、キーヴァが殴りかかり、違う方向で揉めそうだと予見したからだ。

 だが、そんな気持ちもつゆ知らず、アイゼンハウアーはキーヴァに声をかけた。


「あ、そこの君。ここに朝食運んできてよ」

「はぁ?」


 キーヴァは今まで聞いたこともない野太い声を発し、ヴィンスは慌て外に出てドアを締めた。

 そして、戻って殴り飛ばそうとするキーヴァをなんとか引っ張りながら、広場まで連れて来たのである。


 という経緯があり、キーヴァが怒りながら朝食を食べているというわけだ。

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