4話 拭えぬ不安

 キングスロード城塞は北の外れにある古い城塞である。

 大昔に築かれた城塞で、幾度も魔王軍の侵攻を止めたことでも有名であり、何よりもある逸話が残る城塞でもあった。


「ねぇねぇお兄ちゃん」


 眼前に見えるキングスロード城塞を指してキーヴァは言った。


「ここってさ、『ノアの七日止め』の場所じゃない?」


 『ノアの七日止め』


 それは当時、突然南下してきた魔王軍に、一人の男が立ち向かった逸話。

 結果、男は王都軍が到着するまでの七日間、魔王軍を足止めし、更には当時の魔王軍元帥を討ち取ったのだった。


 その男こそが、ノア・ウィリアムズ。


 通称『偉大なる勇者』。


 そして、ヴィンスの憧れの男でもあった。


「……そうだな」

「わぁ‼️ それじゃお兄ちゃん大興奮だね‼️」


 キーヴァは少しわざとらしくはしゃいで見せた。

 疲れているだろう兄の気晴らしになればと思ってのことだ。


 だが、ヴィンスの顔色は変わることはなかった。暗く、思い詰め、何かの不安に取り憑かれているような顔。


 ――俺は次の調査で『勇者』を見つけるつもりだ。


 そう言ってからキングスロード城塞に向かうまでの道中、ヴィンスはずっと浮かない顔のままだった。


「……あ、私兵士の人に伝えてくるね」


 キーヴァは自分ができうる限りの気遣いをしようと、先にキングスロード城塞の中へと消えていった。

 だが、今のヴィンスはその気遣いにも気づかないほど、考えの整理に時間を使ってるようだった。


「不安なの?」


 その問いを聞いて、やっとヴィンスは我に返った。

 アシュリンの声は、ヴィンスの影の中から聞こえていた。

 他の人間にバレないように、隠れているのだと咄嗟に理解した。


「不安……というよりも、違和感がある」

「何が?」


「……誘い込まれている気がするんだ」


「ノア・ウィリアムズに?」

「ノアなのかは分からない……だが、どうも違和感がある」


 キングスロード城塞を目指すと決めたことも、次の調査で『勇者』を見つけると断言したのも、ヴィンスの意思であることは間違いない。

 それでも、違和感が拭えなかった。


「……そういえば、どうしてノアのほうが本物の『勇者』だと思ったの?」


 アシュリンにしては、珍しく子供のような質問だと、ヴィンスは思った。

 だが、アシュリンは魔族だったことを、その時思い出した。

 あまりに友好的なので、たまに魔族であることを忘れてしまう。


「私はあなた達ほど王都のことは詳しくないから突っ込まないでいたのだけど、根拠がよく分からないのよね。

 そんなに有名なの? その『ノア』ってやつは」


 魔族にも『偉大なる勇者・ノア』の名前が轟いているはずなんて、人間側の儚い願望だったのだと、ヴィンスはその時気づき、改めて説明が必要だと思った。


「ノア・ウィリアムズはこの国で一番有名な勇者で、おとぎ話の主人公にもされているような人だ」

「それはそれは、名誉なことね」

「さっきキーヴァが言っていた『ノアの七日止め』もそうだし、『偉大なるノアの魔王城探検録』は当時冒険者だったノアが魔王領から帰還した際に提出した探検日記で、王都住民なら、必ず幼少期に読んでいるほどの冒険譚だ」

「ふーん」


 アシュリンは聞いておきながら、あまり興味がなさそうな様子だった。

 いや、元々反応が薄いのか。


「そして何より、現在の勇者、冒険者達が共有している『魔王は右腕が使えない』という『前情報』は、ノアが広めた情報なんだよ」

「確かにアイツは、ある時期から右腕が使えなくなったって聞いたことがあるわね」


 ――アシュリンからしたら、魔王は『アイツ』なんだな。


 『前情報』の件よりも、ヴィンスはそちらの方に驚いていた。


「いろいろ人間達に影響を与えた人物だっていうのは分かったわ。

 だから、今回の『偽物の勇者』騒動も、本物は『ノア』だと思ったわけ?」

「キーヴァじゃあるまいし、前評判だけで判断なんてするわけ無いだろ」


 と、言いながらキーヴァに殴られないか辺りを見渡すヴィンスだった。


「へぇ、それじゃ理由を聞かせてもらえる?」

「消去法だ」

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