5話 見えている罠なのか?

「…………そう」


 ヴィンスには、アシュリンから冷たい視線を向けられているように感じていた。

 声しか聞こえないはずなのに……。


「ふざけて言ってるように聞こえたか?」

「一瞬ね。でも、ちゃんと根拠があるんでしょ?」

「当然だ」

「さすが、あの妹とは違うわね」

「……怒られるぞ」

「殴られるのはあなただから大丈夫よ」

「大丈夫じゃないなそれ」


 とりあえず――


 ヴィンスは資料を手に取り、残りの勇者については話始めた。


「ノア・ウィリアムズ以外の『勇者』は二人、エーデル・クラークとギアロイド・サリバン。

 まず根拠の一つ、この二人はアイゼンハウアーと同じルートを辿っているから『例の協力者』との接触が拭えない。

 そして、根拠の二つ目、エーデルとギアロイドは『協力』して魔王を倒したと供述しているが、勇者になる前のエーデルは女性として初めての王都直属防衛軍長官、ギアロイドは前科二犯の札付きで、そのうちの一回はエーデルが捕まえている」

「水と油みたいな二人ね」

「そう、手を組む可能性があるとは思えない。

 性格も、エーデルは冷静沈着で悪を許さないその姿勢から兵士だけではなく、多くの民から尊敬されていた存在だった。

 一方のギアロイドは粗暴で荒っぽく、腕っぷしで何事も解決しようとする男であり、五回の犯罪歴はどれも強盗傷害だ。

 人間側の悪みたいな存在さ」

「魔王という共通の敵のために手を組んだ……っていう可能性もあるわよ?」


 当然ヴィンスもそれを考えた。

 エーデルは正義感の塊のような女性であり、王都を守るだけでは民を救えないと考え、突然王都軍を辞め、冒険者に転身し、北部と西部の魔王軍と戦い、そのまま魔王領へと向かった傑物だ。

 魔王を倒すためならば、例え元犯罪者のギアロイドと一時的に手を組む――なんてことも十分考えられる。


 だが――


「それは三つ目の根拠が否定してくる。

 どちらも一年前に行方不明になっているんだ」


 ヴィンスは、分厚い紙束を取り出した。

 紙束の表紙には『行方不明者リスト』と書かれていた。

 王都を始め、あらゆる地域の行方不明者はこのリストに記載をされ、情報を管理されている。

 それは、魔族領、魔王領に入った勇者、冒険者達も例外ではない。

 むしろ、行方不明者リストの七割は彼らなのだから。


『エーデル・クラーク、スイゴにて消息を絶つ』


『ギアロイド・サリバン、スイゴにて消息を絶つ』


 そのリストの中に、二人の名前が書かれていた。

 ヴィンスは話を続けた。


「他の冒険家、勇者達がスイゴでエーデルとギアロイドを確認したのは、共に一年前が最後だった。

 どちらも別行動だったという証言も発見している」

「その瞬間だけ別行動……は流石に都合が良すぎる考えかしら」


 アシュリンの言う通りである。


「そして、突然バリーナ城塞に現れ、『共に協力して魔王を討った』と報告してきた」

「あらあら、絶対怪しいわねそれ」

「だからこの二人は『無い』と考え、ノアが『勇者』ではないかと考えているのだが……」

「これが、罠に見えるってことね」

「ああ、実はノアにも同じ不審な点がある」


 ヴィンスは、『行方不明者リスト』を遡った。


 リストの前の前――


 一〇〇ページはくだらないリストの二ページ目の頭――


 そこに書かれていた名前は――




『ノア・ウィリアムズ、魔王領にて消息を絶つ』




 アシュリンが驚いたのは、そこに書かれていたとある項目だった。



「……四〇年前に消息を絶っているの?」



「当時のノアは確か四五歳だったはずだから……今のノアは――八五歳だ」


 四〇年がかりの行方不明者発見。

 それは本来であれば喜ぶべき事象なのだと思う。


「キングスロード城塞に現れたノアは、『私が魔王を倒しました』と言ったそうだ。当然、枢密院にも本人確認の連絡が入ったが、俺はあえて保留にした」

「有名人様の帰還だなんて、人間達が大喜びするストーリーだものねぇ」


 なんともアシュリンらしい皮肉交じりな感想だった。

 だが、悲しいことにその通りなので、ヴィンスは『保留』にしたのである。


「なるほどねぇ。

 消去法でエーデルとギアロイドを消し、ノアが『勇者』じゃないかと推理したけれども、そのノアも、エーデルとギアロイド達と同じ疑念が残っていると」


 声だけではあるが、アシュリンは納得した様子だった。


「そう。『本物の勇者』を探そうとすると、『ノア』しかいない。

 だが、『偽物の勇者』を探そうとすると三人とも怪しい……」


 これがヴィンスの言う『違和感』の正体である。

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