6話 完全なる書類

「嘘だろ……」


 ヴィンスは思わず机に突っ伏した。

 無理もない。

 外は既に日が暮れ、夕日も水平線に沈もうとしている。

 それだけ長い時間を使って書類を精査したというのに、アイゼンハウアーの虚偽を証明するものは、1つもなかったのである。


「どうすりゃいいんだ……」


 絶望に打ちひしがれていると、隣で寝ていたキーヴァが起き上がった。


「ふぁ……あれ、どうしたの?」


 呑気で羨ましい。

 そう思いながらヴィンスは書類を机に放り投げた。


「書類の精査が終わった」

「どうだった⁉ やっぱり偽造だった⁉」

「いや、正規の書類だ。住民番号、身分証明、筆跡、そして印章まで全て本物だった」

「それじゃあいつは本当に魔王を倒したってこと⁉」

「……そうなるな」

「本気で言ってるの⁉」


 キーヴァは顔を近づけ、ヴィンスに詰め寄った。

 当然、ヴィンスはアイゼンハウアーが魔王を倒した『勇者』などとは思っていない。

 だが、必要な書類、旅のルート、証言、どれ1つをとっても隙がないのだ。


「じゃぁどうすればいい? こんなに証拠があるのに、王都の情報に疎いというだけで『勇者』ではないなんて報告したら、俺の嫌がらせだと思われる」

「で、でも……」

「荷物をまとめておけよ。明日にはここから出ていくぞ」


 ヴィンスは書類をまとめて、立ち上がった。


「ちょ、ちょっと待ってよ‼」


 キーヴァはヴィンスの腕を掴んだ。

 ヴィンスが持っていた書類は、ハラハラと床に舞い落ちた。


「まだ証拠が隠されてるかもしれないじゃん‼」

「例えば?」

「え?」

「そんなに言うならお前が考えて見ろ。ほら」


 無茶振りなのは重々承知だ。だがもう、ヴィンスには思う見当がつかない。

 そのイライラをキーヴァにぶつけた形だ。


「た、例えば……途中まで行って引き換えしてきた‼」


 ヴィンスは少し感心していた。

 あまり頭がよくないキーヴァにしては(罵倒ではない)、一番考えられる可能性を指摘してきたのだから。

 だが、その可能性は当然ヴィンスも考えており、最初に確認した部分なのだった。


「アイゼンハウアーが魔族領に入り、しばらく平原を歩いて進んでいたのは当日の見張り役が報告書に書いてたよ」

「でも、どっかに隠れてれば……」


 それも考えた。

 しかし、それは現実的な理由から否定できる。


「魔族が王都領に留まることが出来ないのと同じで、魔族領に人間が隠れ続けれるわけがないだろ?」

「魔族の仲間がいたのかも‼」

「戦争するほど仲悪いのに?」


 間を置かずに返ってきた言葉に、キーヴァは狼狽えてしまった。

 だが、なんとか踏み止まり、言い返す。


「分かった‼ あいつは、アイゼンハウアーじゃないんだよ‼ アイゼンハウアーに化けてる魔族なんだよあれ‼」


 キーヴァの目は完全にキマっていた。

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