11話 嘘みたいな協力者探し
一歩、足を進める。
霧の中へ。
一歩ずつ。
慎重に。
慎重に。
「すっごいね。本当に何も見えないよ」
キョロキョロと辺りを見渡しながら、キーヴァはそう言った。
だが、ヴィンスは一言も喋らなかった。
―――どれくらい歩いただろうか。
多分、まだそんなに時間が経っていないだろう。
しかし、言い得ぬ不安がヴィンスの身体を包み込んでいた。
額の汗は、何度拭いても消えることがなかった。
それが恐怖と緊張から来るものだと理解したのは、更に歩いてからだった。
ヴィンスは当然、この濃い霧の情報や、迷いやすいという情報は枢密院で目にし、理解していた。
そして、覚悟もしていた。
だが、その体験は想像を越えてきた。
まさに、一寸先すら見えないのだから。
もしここが断崖絶壁の淵だとしたら、誰も気づかず崖の下に落ちているだろう。
それくらい何も見えないのだ。
そんなことを考えていいると、ヴィンスはますます緊張した。
「ねぇお兄ちゃんってば‼」
「え?」
ヴィンスは虚を突かれた顔をした。
「どうしたのぼーっとして」
「いや……何か言ってたか?」
「だから……その協力者ってどんな人なのって。一緒に探してるんだから、教えてよ」
「ああ、特徴は……俺も知らないんだ」
「は?」
「だが、名前は知ってる」
「どんな名前?」
「アシュリンだ」
キーヴァの足が止まった。
「どうした? 聞いたことくらいあるだろ?」
「いやいやいやいや‼ え、まさかそいつに協力してもらおうと思ってるの⁉」
「そうだが」
すごい剣幕でキーヴァが迫ってきた。
濃い霧のせいでよく見えていなかったが、怖い顔をしていた。
「嘘つきアシュリンが本当のこと言うわけないでしょ‼ お兄ちゃん知らないの⁉」
「いや知ってるけど……」
「じゃぁなんで協力して貰えると思ってんの⁉ 言ってることが矛盾してるんだけど⁉」
今にも噛みつきそうな顔で迫ってくるキーヴァに、ヴィンスはたじたじだった。
だがキーヴァの懸念も、もっともである。
アシュリン……もとい、嘘つきアシュリンはこの峡谷で最も有名な魔族の1人である。
しかし、その姿をはっきりと見たものはいない。
ヴィンスも枢密院に上げられて来る報告書で知っているだけで、実際に見たことはない。
伝わっている情報はどれも同じである。
この峡谷を歩いていると、霧の中から声が聞こえ、進むルートを教えてくれるという。
最初は誰しもこんな声に従うことはないのだが、3日も4日も迷っていると聞く気になってしまうらしい。
藁にも縋る思いというやつだ。
その声に従って進むと、確かに霧から脱出することができるが、脱出した場所は決まって人間領に出てしまう。
つまり、時間を無駄にしただけで、求めた場所には着かない。
故に『嘘つきアシュリン』と言われている。
だがヴィンスは、この報告は少し間違えていると常々思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます