3話 本物の『勇者』を探して
1台の馬車が城門を抜け、王都を出ていく。
普段は牧歌的な風景が広がる郊外だが、魔王が倒された知らせのせいか、路上には出店や市場が開かれていた。
一種のお祭り状態だ。
そんな中を通り抜けていく馬車に、ヴィンスは乗っていた。
そして、いつもの如く深い溜め息をついた。
「あんのクソじじい……」
自らの膝を何度も何度も叩く。
外の喧騒も聞こえないほどに、腹が煮えたぎっているようだ。
ヴィンス・バーンは、ゴイル王国の諮問機関、枢密院の副書記官長である。
22歳で顧問官に任命されると、24歳で副書記官長にまで上り詰め、25歳である現在、次期書記官長の地位が有望視されるほどの人物だ。
頭が切れ、物事を円滑に進めるその姿は、他の顧問官からも評判が高い。
本来であれば、今年書記官長に任命されていてもおかしくない。
だが、ヴィンスには致命的な欠点がある。
まず1つ、口が悪いこと。
上司にあたる書記官長、エイド・スミスに向けて放つ言葉からも察せるように、ヴィンスは議論が白熱してくると、ハリボテの敬語がボロボロと溶け落ち、路地裏の輩になってしまうのである。
去年はジョージ王に対して、農工業政策への無関心さを糾弾し、最後にはとんでもない暴言を吐いてしまい、エイドが間に入らなければ死刑になっていたほどの事態を巻き起こした。
この件があり、書記官長への昇進はお蔵入りとなったのだ。
そしてもう1つ、それは出自の問題―――
なのだが、それが今回は役に立ちそうだと、ヴィンスは書類を広げながら思っていた。
この書類には、今回名乗りを上げた人間たちの情報がまとめられている。
キーヴァ・オドハティ。
年齢:18歳。
性別:女。
職業:勇者。
ルート:不明。
アイゼンハウアー。
年齢:32歳。
性別:男。
職業:勇者。
ルート:北部バリーナ城塞より。
ノア・ウィリアムズ。
年齢:82歳。
職業:勇者。
ルート:北東部キングロード城塞より。
エーデル・クラーク。
年齢:38歳。
性別:女。
職業:勇者
ルート:北部バリーナ城塞より。
ギアロイド・サリバン。
年齢:40歳。
性別:男。
職業:勇者。
ルート:北部バリーナ城塞より。
以上の5名が、「私が魔王を倒しました」と名乗り出た『勇者』達である。
当然、これしか情報が無いわけではない。
報告を受けた兵士達が無駄に時間を取らせないようにと、ヴィンスが簡単な情報だけまとめるようにとお願いしたのだ。
そして、この時点でいくつかの疑問が出てきている。
魔王を倒したの単体なのか、複数なのか。
辿ったルートが正しいのか。
そもそも申告している情報は正しいのか。
そもそも彼らは『勇者』なのか……?
やめよう。
どうせ今考えても答えなんて分からない。
無駄に疑念を膨らませれば、相手の真意を見落としかねない。
この仕事に必要なことは、正確な情報と正確な判断。そして、相手の嘘を正しく読み取れるかだ。
憶測で物事を決める訳にはいかない。だって―――
ヴィンスは書類を閉じ、窓外に目を向けた。
多くの人でごった返す路上。
人々は食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み、大きな声で復唱していた。
「我らの勇者に喝采を‼」
「我らの勇者に祝杯を‼」
「夜通し歌おう勝利の歌を‼」
笑顔と歓声に包まれる路上。
その光景は幸せに満ち足りていた。
だが、この喜びと幸せは、まだ仮初めのものでしかない。
この光景を本物にするためには『勇者』が必要なのだ。
本物の『勇者』が。
それを見つける仕事が、今回の自分に課せられている。
だから、憶測や深読みは禁物なのだ。
ヴィンスは馬車を運転する御者に声をかけた。
「どのくらいで着く予定なんだ?」
「はい、およそ1時間後かと」
「分かった。ありがとう」
1時間後、『勇者』探しが始まる。
ヴィンスは少し緊張をほぐすために、一眠りしようと考えた。
この仕事を終えた時、本物の『勇者』を迎え、人々の喜びを本物にしなければ――
そう心に誓い、瞼を閉じた。
この時は、まだ誰も知らなかった。
この出来事の裏に潜む陰謀と、悲劇的な真実が隠されていることを――
誰一人、知らなかったのである――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます