9話 決死の覚悟、本当の真意
「なるほど。偽りはなさそうですね」
ヴィンスのその発言に、部屋の空気は一変した。
キーヴァは驚き、アシュリンも耳を疑った。
ただ唯一、ノア・ウィリアムズだけは微動だにせず、ヴィンスにその発言の意味を問うた。
「それは、私が勇者だと認めてくれるということですか?」
「はい、大方問題ないと思いました」
「そう思っているようには見えませんでしたよ」
ノアは表情一つ変えずに、そう言った。
「誤解を与えたのであれば申しわけありません。ですが、大方問題ありません」
「それはよかったです」
ノアが言い終わると同時に、割れんばかりの大きな声が、割り込んできた。
「よくない‼️」
声の主は、キーヴァだった。
「どうしちゃったのお兄ちゃん、こいつ怪しすぎるって‼️」
キーヴァはノアを指差し、誰もが感じている違和感をハッキリと代弁した。
「自分は実績があるから本物とか、倒した証明は魔王城へ行ってくれとか、そんなのなんの証明にもなってないじゃん‼️」
「失礼だぞ」
言葉では制止するヴィンスだが、ハッキリと反論はできなかった。
なぜなら、その通りだから。
「というか、四〇年前に行方不明になってるってことは今八五歳だよ?
この人、どう見ても若すぎるって‼️」
「キーヴァ」
「こんなひと目見たら嘘だって分かる人を『勇者』なんて認めても、誰も信じるわけないでしょ? どうするつもりなの?」
「…………」
沈黙するヴィンス。
その沈黙により、キーヴァは理解してしまった。
兄が一体何をやろうとしているのかを――
「まさか……捏造する気? 書類を捏造するの……?」
「……ああ」
かすれそうなほど小さな声で、ヴィンスは返答した。
「書類を大部分書き換える」
「ちょっと待って‼️ そんなことしたらお兄ちゃんが……」
「そんなの分かってる。だが、これしか無い。これしか選択肢がないんだ」
時間がない。
証拠もない。
そして、危機は眼の前に迫っている。
あらゆる問題を解決するには、あらゆる証拠が足りていない。
だが、問題は解決されなければならない。
そのための答えは、『捏造』しかなかった。
ヴィンスはこう続けた。
「大丈夫。ノア・ウィリアムズは勇者だよ。あのノアなんだから絶対に魔王を倒している」
「だからその証拠がないんだって‼️」
キーヴァはノアの心配などしていない。
そいつが本物か偽物かも関係ない。
今から危ない橋を渡ろうとしている兄を、どうにか止めようと必死になっていた。
だがヴィンスの耳には届いていない。
「ああ、証拠はない。でも、ノアならやってくれているはずなんだよ。
たった一人で奪われていた東部領を開放し、たった一人で魔王軍を足止めした英雄……そして、人類史上初めて魔王領に入った偉人――王都に住む、誰もが憧れた冒険者、俺の憧れの勇者……それがノア・ウィリアムズなんだから」
ヴィンスは、完全に正気を失っていた。
もはやキーヴァには、兄を止めることは不可能に思えた。
「……すみません、お見苦しいところをお見せしました」
ヴィンスは、対面に座るノアに頭を下げた
だが、ノアの返答はなかった。
顔を上げて様子を伺う。
そして、驚いた。
ノア・ウィリアムズは、涙を流していた。
一筋の涙を。
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