18話 アイゼンハウアーは勇者ではない。

 魔族領の正確な地理を知らないのは、王都どころか人間すべてに共通している。

 何も知らない人間が、見たことも聞いたこともない地図を渡された場合、それを正しく読み取れるか?


 無理だ。


 だがアイゼンハウアーはそれをやってみせた。


 その結果が、この取り返しようのない大きなミスである。 

 

 アイゼンハウアーは口を動かすばかりで言葉が出てこない。

 当然だろう。

 まさか、自分が歩いた旅程の中に、窓外から見えるあの大きな山々が含まれていたなんて、夢にも思っていなかったのだから。


「何か言うことはあるか?」

「……嘘だ‼️ 俺をハメるために嘘をついてるんだろ‼️」

「残念なことにこれは事実なんだよ」

「証拠は‼️ 証拠を見せろ‼️

 正確な距離も知らない連中が、魔族領の地理を知ってるわけないだろ‼️」


 苦し紛れにしてはいい逃げ方をしたと、アイゼンハウアーは自身に感心した。

 だが、ヴィンスもバカではない。


「いいだろう、見せてやる」


 ヴィンスは、水晶を取り出し、テーブルの上に置いた。


「やってくれ」


 そう言うと、水晶に映像が浮かび始めた。


 空から地上を見ているような、そんな視点の映像――

 大きな建物が見えてくる―


「これが魔王城、下に見えているのがスイゴだな」


 更に進んでいくと、壁のような山々が見えてくる。


「これがギル山脈だ」


 簡単に登れるような見た目をしていないのは誰の目にも明らかだった。


「そして、ここがタウラ丘……その先がコロ平原で、奥に見える塔がここ、トバカリー城塞」


 映像はグングンとトバカリー城塞へと近づき、窓へと近づく。

 そして、映像はそこで人間の背中を映して止まった。


 それは、どこかで見たような背中であり、どこかで見たような部屋だった。


 アイゼンハウアーは恐る恐る振り返る。


 見えた窓外には、大きな鳥が一羽。こちらを見つめ、木にとまっていた。


 これが、遠視の魔法であることをアイゼンハウアーは悟り、それとともに、動かぬ証拠であることも理解した。

 ヴィンスは席を立ち、アイゼンハウアーの肩を叩いた。


「さて、それじゃ王都まで送ってやるよ。犯罪者としてな」


 アイゼンハウアーから返答はなかった。肩を震わせ、俯いたまま動かなかった。

 ヴィンスには、この様子が少しばかり気になった。


 ともあれ、決着。

 

 アイゼンハウアーは勇者ではない。

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