7話 対面

 キングスロード城塞に入ると、ヴィンスの不安はより一層高まった。


 ノアのいる部屋へ案内されながら、ヴィンスはこの城塞の雰囲気をだいたい察した。


 ――兵士が不安がっている。


 そう判断した理由は単純だった。

 ここに留置されているのが『あのノア・ウィリアムズ』ということは、城塞を守る兵士全員が既に知っているはず。


 例え、こちらの回答が『保留』にされているとしても。


 あの伝説的な勇者『ノア・ウィリアムズ』の生還となれば、もっと歓喜と興奮が見て取れるはずだが――


 兵士たちは、誰一人『ノア・ウィリアムズ』の名前を、口に出していなかった。


 それは、意図的にすら思える程に――


「何かあったんでしょうね」


 影の中からアシュリンの声が聞こえてきた。

 それは、ヴィンスの気持ちを察して言ったのだろう。

 案内をしている兵士に怪しまれてしまうので、返答することはできなかったが、アシュリンの言う通りだと、ヴィンスも思った。


「……怖いな」


 ヴィンスはこの仕事を受けて、初めてその言葉を口に出した。

 本心だった。

 こんなにも予想できない状況は、生まれて初めて……いや、2回目かもしれない、そう思ったからだ。


「こちらの部屋になります」


 案内役の兵士が角部屋の前で止まった。

 ここが、ノアが留置されている部屋なのだろう。

 部屋の前には二人の兵士が武装をして立っていた。


「厳重ですね」

「ええまぁ……万が一に備えて、です」


 万が一に備えなければいけないほどか。

 考えすぎかもしれないが、ヴィンスはそう感じた。


「それはご苦労様です。

 ですが、これから取り調べを始めますので、一旦外してもらってもいいですか?」


 ヴィンスのお願いは別におかしなことではなかった。

 情報漏洩の観点と、アイゼンハウアーの二の舞いにならないようにするため――

 いないとは思っているが、兵士の中に『協力者』がいるかもしれないからだった。

 だが、兵士たちは顔を会わせて、心配そうな様子で食い下がってきた。


「護衛は必要だと思います」

「大丈夫です。従者がいますから」

「従者でーす」


 キーヴァはわざとらしく敬礼をした。

 だが、兵士の心配はそういうことではなかったらしい。


「であれば、我々も追加で入らせてください」


 あまりにも対応がおかしすぎる。

 まるで、重大犯罪者を相手にするような状況だ。

 ヴィンスは遠回りせず、ストレートに聞くことにした。


「すみません。一体何があったんですか?」


 二人の兵士と、案内役の兵士は顔を見合わせ、意を決した様子でヴィンスに言った。



「わたし達は、あれがノア・ウィリアムズとは思えないんです」



 さすがのヴィンスも、その言葉に驚いた。

 だがしかし、彼らがふざけて発言しているようにも見えなかった。

 いたって真剣に、本当に、怯えているようだったからだ。


「それはどういう……?」

「ノア・ウィリアムズは四〇年前に行方不明になっていますよね?」

「枢密院の記録ではそうなっています」

「ノアが行方不明になった時は、四五歳……現在は八五歳のはずですよね?」

「そうなりますね」


 もう一人の兵士が割って入ってきた。


「副書記官長殿は、行方不明になる前の、ノアの肖像画を知っていますか?」

「もちろん」


 ノアは魔族領から帰ってくると、必ず肖像画を書かせていたという。

 それは、支援者や王都側からの要望もあったらしいが、何より、旅から帰ってきた自分の変化を客観的に確認するためだと、自身の著書に書かれていた。


「であれば、我々の言っていることが理解できると思います」

「全然説明になっていませんが……」

「説明するよりも、見て頂ければ分かると思います」


 そう言って、兵士は部屋の扉を開けた。




 石造りの部屋。

 兵士が寝泊まりしていたのであろう部屋。

 その中央に置かれたテーブルの前に、その人物は座っていた。

 兵士たちは何も喋らなかった。

 いつもはうるさいキーヴァも喋らなかった。

 ヴィンスはテーブルに近づき、その人物の対面に座り、こう言った。


「……ノア・ウィリアムズさんですね?」


 部屋の空気が張り詰めていた。

 その人物は口を開き、言った。


「はい」


 調査はまだ始まったばかりだ。

 だがしかし、ヴィンスはこう思った。



 ――これが、八五歳の人間か……?



 ノア・ウィリアムズは、四〇年前に残された最後の肖像画――

 そのままの姿だった――

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