11話 <回想> 勇者になれなかった男
ノアの著書の中に、こんな一文が存在する。
「困難な時は誰にでも訪れる。
とても短いかもしれないし、とても長いかもしれない。
終わりがないように感じるかもしれない。
だが、困難には終わりが存在する。
迷宮と同じである。
勇者に最も必要なスキルとは、魔法でも無く、特別な力でも無く、困難の最中、歯を食いしばり、耐え忍ぶことである」
この一文に勇気づけられ、勇者を目指した少年がいた。
その少年の名前は、ヴィンス・バーン。
ヴィンス・バーンの人生は、『失う』ことばかりだった。
最初に失ったのは彼の故郷。
彼の生まれた小さな村は、突如現れた魔王軍により、蹂躙され、灰に変えられた。
次に失ったのは彼の両親。
避難先を魔族に襲われ、彼の両親は幼いヴィンスを助けるために、身を挺して守った。
まさに、身を挺して――
生まれも、親も失ったヴィンスが行き着いた先は、王都にある小さな孤児院だった。
そこは今までの中で一番穏やかで、落ち着いた場所だった。
しかし、ヴィンスの心の中は違った。
幼いながらも彼は、この世の不条理さと怒りに震えていた。
そんな彼が『勇者』に憧れたのは、必然だったのかもしれない。
ノア・ウィリアムズの存在を知ってから、彼の『勇者』に対する憧れは日に日に膨らんでいった。
そして、彼は決意する。
『勇者』になることを。
しかし、夢から覚めるのは早かった。
ヴィンスは、魔法を使えなかったから――
だが、それはノアも同じ。
彼も魔法は使えない。
それがより、彼を傷つけることになった。
ノアを心の支えに励めば励みほど、ノアがいかに規格外で飛び抜けた才能の持ち主かが理解できた。
そして、自分がいかに『ただの人』なのかも理解できた。
憤りや怒りを原動力にしても、その壁は超えれるものではなかった。
こうしてヴィンス・バーンは、夢すら『失う』ことになった。
しかし、彼はこの時に、ある物を手に入れた。
それは、身の丈にあった『夢』
小さな『願い』――
――夢は夢、自分はできることをする
――ただもしも、自分が何かの能力に秀でていたのであれば
――大きなことを成し遂げよう
――あの、ノア・ウィリアムズのように
――形は違えども
――ノア・ウィリアムズのような
――『偉大なる勇者』のように
――成し遂げよう
『困難な時は誰にでも訪れる』
『勇者に最も必要なスキルとは、魔法でも無く、特別な力でも無い』
『困難の最中、歯を食いしばり、耐え忍ぶことである』
例え『勇者』になれなくとも
彼は『勇者』の心を学んだ。
それを教えてくれたのは――
ノア・ウィリアムズ――
『失う』ことばかりのヴィンスに、『夢』を与えてくれたのが、ノア・ウィリアムズだった。
だが彼は
死んだ。
自分の眼の前で
死んだのだ。
また『失った』のだ。
涙が頬を伝わるのを感じた。
重いまぶたがゆっくりと開くのが分かった。
「お兄ちゃん……?」
キーヴァだ。
キーヴァの声だ。
その声を懐かしく思った。
ヴィンスはテントの中で目を覚ました。
外は既に、真夜中を過ぎていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます