2話 折れた心

 テントの中では沈黙が続いた。

 そして、キーヴァが口を開いた。


「てん……えっと……?」

「ヤディオルシガ。魔族の中ではディオと呼ばれている存在よ」

「へぇー……」


 キーヴァは納得し、また沈黙した。

 そして、何かに気づいたようで、身体が跳ね上がった。


「『魔王』⁉️ 『魔王』って言った???」

「……随分時間がかかったわね」

「急に話に出てきたんだから、仕方ないでしょ‼️」


 確かにさらっと話の中に入ってきた。

 そしてまた、何かに気づいたようだった。


「って……ちょっと待って⁉️ 『魔王』が行動しているって言った⁉️」

「言ったわよ」

「つまり――『魔王』は倒されてないの⁉️」

「そうね」


 キーヴァの反応と対象的に、アシュリンは何とも冷めた反応だった。


「なんであんたそんな冷静なのよ⁉️」

「私には関係ない事柄だから……かしらね」

「ていうか、『魔王』が動いているって、気づいてたの⁉️」

「途中から何となくね」

「あんた……‼️」


 キーヴァは、アシュリンの胸ぐらを掴んだ。


「あんたが伝えてくれてたらお兄ちゃんは……‼️」


 そう言うキーヴァの声は、少しばかり震えているように聞こえた。

 アシュリンは、視線を外しながら言った。


「……確証がないのに伝えても意味がないでしょ。ただ、邪魔になるだけよ」

「それでもっ‼️」

「――やめろ、キーヴァ」


 ヴィンスは静かに言った。

 キーヴァは何か言いたげな様子だったが、渋々掴んでいた手を離した。


「……いつから気づいてたんだ?」


 ヴィンスの質問に、アシュリンは目を合わせずに答えた。


「最初の爆発の時かしら」

「アイゼンハウアーか」


 アシュリンは頷いた。


「でも、言ったように確証は無かったのよ。責められても困るわ」


 ――だからついて来たのか


 アシュリンの言動は一致している。

 少なくともヴィンスにはそう見えた。

 つまり、さっきのマリスの話も、『魔王』の話も――


 ヴィンスは深くため息をついた。


「……別に騙すつもりはなかったの。ただ、貴方の邪魔をしたくなくて……」

「ああ、分かった……」

「でも、ここからは全力で協力させてもらうわ。

 あの鳥頭のマリスは私の宿敵なの、あいつを殺せるなら、惜しみなく力を貸すわ」


 そう力強く言うアシュリン。

 まるで別人のように見えた。

 その変わり様は凄まじく――


「……なんだか胡散臭い」


 キーヴァは直感でそう言った。

 だが、誰の目からもそう見えるほどに、アシュリンの態度は変わっていた。


「そう言いながら、また何か企んでるんじゃないの?」

「企んではいるわ」

「ほらね‼️」

「でもそれはマリスに対して。貴方達の足を引っ張るつもりはないわ」

「どうだか、信用できないね」

「別にそれで結構よ、信用なんてしてもらわなくていい。

 でも、利害は一致してるじゃない」

「利害って……?」

「鈍いわね。

 私はマリスを殺したい、貴方達は『魔王』を倒したい。

 マリスは『魔王』と行動している可能性があるのだから、私と貴方達は協力できるってことよ」


 確かにその通りだ。


「だ、だから、その協力関係にしても、あんたが信用出来ないって話なの‼️」

「だから信用しなくていいって言ってるでしょ? 本当に頭が悪いわね」

「はぁ⁉️ もういっぺん言ってみろ‼️」

「言ってやっても直ぐに忘れるでしょ?」

「お前――‼️」


 キーヴァはアシュリンに掴みかかった。

 と――



「もういい」



 ヴィンスの声が、二人の間に割って入った。


「意味のない言い合いはやめてくれ」


 そう言って、再び横になった。


「ご、ごめん……」


 謝るキーヴァ。

 一方、アシュリンはヴィンスの発言に引っかかりを感じていた。


「……それ、どういう意味?」


 ヴィンスは答えない。


「『魔王を倒した勇者』を探すことが、貴方達の仕事だったのは分かるわ。

 でも、『魔王』は倒れていないのよ。

 つまり、貴方達は『勇者』を探すのではなく、『魔王』を倒すことが目的になったはず――そうよね?」


 ヴィンスは答えない。

 アシュリンは、嫌な予感がしていた。


「まさか貴方……」


「ああ、『魔王』は倒さない」


「え……」


 ヴィンスの告白に、キーヴァは驚きが隠せない様子だった。

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